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船岡山 秋の歴史散歩

2015.11.03

船岡山 秋の歴史散歩 はコメントを受け付けていません。

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

建勲神社を出て、境内の端に沿った山道を行くと石段があります。

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石段を登ると開けた場所に出ます。左の露出している岩は、平安京以前から磐座(いわくら)として信仰されていたともいわれています。

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三等三角点 標高111.8mで、下からは約45mの高さです。その後ろにある塔は

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「サイレン塔」 戦争中は空襲警報を、戦後は時刻を知らせていたそうです。現在は何も設備は入っていません。

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船岡山は、東西400mの丘陵で、その優美な姿が船の形に似ていることから、この名が付いたといわれています。頂上あたりからは南が開けていて、市街がよく見えます。京都タワーの向こうに伏見桃山城

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平安京の朱雀大路の延長線上に位置し、都を造営する際に南北軸の測量基準点となったといわれています。こちらが真南で朱雀大路の方向です。

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平安時代にはここで数々の祭祀が催され、遊宴の場ともなり、人々の生活に密着していました。「枕草子」でも”岡は船岡”と讃えられています。南西の方には北野天満宮の森が見えます。

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西は、尾根の向こうに左大文字が間近に見えます。

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中世の後期になって京都で戦いが起こると、船岡山は戦略の要衝になりました。

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応仁の乱(1467~1477)では、西軍の大内政弘、山名教之(のりゆき)らがここに拠点を築きましたが、応仁2年(1468)9月に東軍の細川勝元によって三方から攻め落とされました。(少し東に下がったところに野外演奏場があります。)

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さらに東に行くと見晴らし台があり、あずまや(休憩所)が建っています。

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五山送り火のうち、この見晴らし台から四つが見れて、当日は大変な人出になります。大文字

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戦国時代の永正8年(1511)8月には。細川澄元(すみもと)と細川政賢(まさかた)が室町幕府の政権を奪い返すために船岡山に陣を張りました。妙法

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そして、丹波から入京しようとした足利義尹(よしただ)、細川高国(たかくに)、大内義興(よしおき)らの軍を迎え討ちましたが、戦に敗れて逃亡しました。船形

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左大文字 あと一つの鳥居は見えません。

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その後、船岡山の土地は大徳寺に寄進され、昭和6年(1931)に都市計画により船岡山公園となり、現在は国の史跡に指定されています。(北東に、一直線に並んだ大徳寺本山の伽藍が見えます。)

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その間、本能寺の変から明治時代に建勲神社が建てられるまでの船岡山にまつわる話は、昨日の記事に書いてあります。

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見晴らし台から少し下ったところの広場に向かいます。

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野外演奏場の裏にある「ラジオ塔」 公園でラジオ体操をする市民が署名を集めて市に働きかけ、拡声器と受信機を設置して、今年(2015年)4月にラジオ放送が復活しました。

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ラジオ塔は昭和初期から全国に約400基設置され、ラジオ体操やスポーツ中継、戦況を伝える放送が行われました。戦後は家庭でのラジオやテレビの復旧で数が減り、現存するのは全国で25基ほどだそうです。

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以前のようなラジオ放送が復活したのはここだけですが、その動きは全国に広まっているそうです。船岡山公園では毎朝6:30にラジオ体操の放送が流れ多くの市民が集まります。

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船岡山の麓近くに「応仁永正戦跡の碑」が立っています。

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もっと上の尾根近くには、当時の山城の空堀がいくつも残っているそうです。

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船岡山公園の東口から出ました。

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山頂からの眺めをパノラマ写真にしました。よかったらクリックして見てください。

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個人的に今興味があるのは戦前、戦中の数少ない遺跡などが見たいと思います。そういうスポットでおすすめとろこなんていうのがあれば情報交換とかもしたいですね。そういう意味でもコメントなども随時受け付けています。村崎一徳と一緒に地方のマイナーなスポットを盛り上げましょうww
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