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大徳寺塔頭・瑞峯院 キリシタン大名と重森三玲

2015.10.29

大徳寺塔頭・瑞峯院 キリシタン大名と重森三玲 はコメントを受け付けていません。

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

通年公開している大徳寺塔頭のもう一つは瑞峯院です。先日紹介した千躰地蔵塚のあたりから南の通りを見ると、

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瑞峯院は、室町時代天文4年(1535)キリシタン大名として知られる大友宗麟が、大徳寺第91世・徹岫宗九(てっしゅうそうきゅう)を開祖として、菩提寺を創建したのが始まりです。この表門(需要文化財)も創建当初のものです。

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徹岫禅師は、大徳寺86世の小渓紹怤(しょうけいじょうふ)に師事し、1536年に大徳寺91世となります。青年時代の上杉謙信に禅を指導し、後奈良天皇の帰依を受けたといいます。

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大友宗麟は、南蛮貿易により経済力を高め、その間キリスト教への関心を強め、自ら洗礼を受けました。最盛期には九州六ヶ国を平定しましたが、島津義久に敗れて、晩年には秀吉傘下の一大名として豊後一国までに衰退しました。

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宗麟の肖像画が瑞峯院に所蔵され、境内には夫妻の墓があるそうです。方丈(客殿)は、創建年に建立された室町時代の禅宗方丈建築の遺構で、重要文化財に指定されています。

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「独坐庭」 方丈の前庭(南庭)にあたり、中国の禅僧・百丈禅師が、独坐大雄峰と呼唱した禅語にちなんで名づけられました。

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開祖400年遠忌を記念して、1961年に重森三玲によって作庭された蓬莱山式庭園で、寺号の「瑞峯」をテーマにしています。向こうに唐門(重要文化財)が見えます。

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築山から砂地までにそそり立つ石が、蓬莱山の山岳から続く半島を表します。絶え間なく打ち寄せる荒波にもまれながらも、雄々と独坐している石は、中国の名僧になぞらえているとか。

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確かにこの庭の砂紋は高波でした。やがて荒海は海峡を越えて

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茶室前の静かな入り江に続いています。

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「餘慶庵(よけいあん)」 千利休が山崎に建てた「待庵」を、表千家8代・啐啄斎宗匠(1744-1808)好みの席にうつしたものだそうです。毎月28日(千利休の月命日)に釜がかかるそうです。

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「閑眠庭」 方丈の裏庭(北庭)になり、「閑眠高臥して青山に対す」の禅語にちなんで名づけられたそうです。これは、俗世を離れて高みを目指し、山野でひそかに暮らすという意味だそうです。

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こちらも、同じ時期に重森三玲によって作庭されましたが、荒々しい独坐庭とは違って静かな落ち着いた庭です。

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縦に4個、横に3個の計7石が十字架の形に据えられていて、万民の霊を弔っているのだそうです。このため、この庭は「十字架の庭」ともいわれています。

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「安藤軒」 閑眠庭の東北隅ある茶室で、大徳寺山内唯一の逆勝手席になっており、床の間に向かって本床が左、脇床が右にあります。表千家12代・惺斎宗左宗匠(1863-1937)の指導により1928年に建てられました。

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方丈の東にある坪庭 

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右は、根元にマリア像のレリーフが彫られた「キリシタン燈籠」で、閑眠庭の十字架はここからの延長線上に4石が置かれています。

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方丈の回りの庭の写真を撮っている間、方丈内では住職による法話と座禅体験が行われていました。この扁額は後奈良天皇によるもの。

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法話が終わったので、中に入らせていただきました。開祖の大満国師(徹岫禅師)の木像を安置しています。

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法話を聞いていた女子生徒たち、お行事よく並んでいました。

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現在公開している大徳寺塔頭で、記事にしていないのはあと一つになりました。

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