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大徳寺塔頭・龍源院 五つの庭園

2015.10.28

大徳寺塔頭・龍源院 五つの庭園 はコメントを受け付けていません。

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

再び大徳寺に戻って、通年公開している四つの塔頭のうちの一つ、龍源院を訪れました。大徳寺の東の総門を入ってすぐ左(黄梅院の隣)に龍源院があります。

龍源院は、文亀2年(1502)に能登の領主・畠山義元、豊後の大友義長、周防の大内義興らが、大徳寺72世・東溪宗牧(とうけいそうぼく)を開祖として創建しました。(表門は切妻造、檜皮葺の四脚門で重要文化財。)

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東溪禅師は、大徳寺住持を退きこの庵に隠居して、当初は「霊山一枝軒(りょうぜんいっしのけん)」と称しました。後に、大徳寺の山号より「龍」、臨済禅で唯一存続している「松源一脈」から「源」をとり、龍源院と改めました。

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大徳寺の四法脈のうち、龍源寺派の拠点(南派の本庵)として、有力な地位を占めてきました。受付を入って、庫裡の書院前軒先に「滹沱底(こだてい)」があります。

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中国河北の鎮州城の南に流れる滹沱川から名付けられました。右と左の阿(あ)、吽(うん)という名の基礎石は、かって聚楽第にあったと伝えられ、庭の別名を「阿吽の石庭」といいます。

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火縄銃と四季草木蒔絵が施されている碁盤 火縄銃の銃床尾に天正11年(1583)の銘があり、最も古い国産の火縄銃だそうです。

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部屋を出て見ると、方丈の前にまで滹沱底が続いていました。井戸は「担雪井」といい、創建当初からここにあった野井戸だそうです。

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方丈の南庭の「一枝担(いっしたん)」 開祖の東渓禅師が、師・実伝和尚より贈られた室号「霊山一枝之軒」より名づけられたといいます。

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この苔山は亀島で、白砂は大海原を表しています。

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右手前の石組みは鶴島、奥は蓬莱山。この庭には、かって樹齢700余年という中国種の山茶花の老木「楊貴妃」があり、深紅の花を咲かせていましたが、昭和55年(1980)年に枯れてしまいました。、

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そこで、喝堂和尚住持によって現在の白砂と石組、苔地で構成された枯山水庭園に作庭しなおされたそうです。

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方丈の仏間には本尊の釈迦如来坐像(重要文化財)を祀っています。鎌倉時代の快慶の弟子・行心の作で、京都八釈迦の一つになっています。

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開祖堂 方丈の西にある開祖・東溪禅師の塔所です。昭和の建築ですが、南北朝、鎌倉、室町時代初期の様式を取り入れた唐様木造建築の代表作だそうです。

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開祖堂前庭の「鶏足山(けいそくざん)」 苔地に石畳、灯籠などが置かれています。

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鶏足山とは、古代インドのマガダ国にあり、釈尊の弟子の迦葉(かしよう)が入寂したと伝えられる山です。入寂とは徳の高い高僧が亡くなることです。

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方丈北庭の「竜吟庭」 室町時代特有の三尊石組みからなる須弥山形式の枯山水で、相阿弥の作と伝えられています。こちらは、青苔が大海原、石組が陸地を表しています。

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中央の高い石組みが須弥山で、いまだ到達できない悟りの境地を示しています。その前の丸い板石は遥拝石で、一歩でも悟りに近づこうという信心を表しているそうです。

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方丈の北の部屋は公開しています。下は「衣鉢(えはち)の間」 「衣」は出家僧の衣、「鉢」は食事を表し、日常生活をする居間のことだそうです。、

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竜吟庭を東から 左が方丈、向こうが祖師堂。

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こちらは方丈東庭の「東滴壷」 日本で最も小さい石庭だそうで、

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底知れぬ深みに吸い込まれそうな格調高い石庭といわれています。

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方丈を一周して、様々な庭を体感できました。

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