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四天王寺 経供養 『採桑老を舞うと死ぬ?』

2015.10.22

四天王寺 経供養 『採桑老を舞うと死ぬ?』 はコメントを受け付けていません。

10月22日 四天王寺 経供養

587年、廃仏派の物部氏vs崇物派の蘇我氏の戦争がありました。
聖徳太子は蘇我氏側に参戦していました。
戦争は蘇我氏が勝利し、聖徳太子は物部氏から没収した土地と奴婢をもちいて四天王寺を建てました。

四天王寺 桜紅葉 


2月22日は聖徳太子の命日です。
そのため四天王寺では22日を縁日として様々な行事を行っています。
10月22日の経供養ははじめてお経が日本に伝来したことにちなんで行われています。

通常であれば太子殿の庭で舞楽が奉納されるとのことですが、私が行ったときは小雨が降っていたため庭ではなく太子殿前殿で行われました。

四天王寺 経供養2 
ひときわ異彩を放つ舞がありました。
『採桑老(さいそうろう)』です。

四天王寺 経供養 採桑老

顔面しわだらけの面を被った老人が杖をつき、介添え人につきそわれて登場。

四天王寺 経供養 採桑老2 

老人は不老不死の薬を探し求めて舞います。
この舞はめったに舞われることのない幻の舞と言われているそうで、見ることができてラッキーでした。
なぜめったに舞われることがないのかと言うと、この舞を『舞うと死ぬ』と言い伝わっているからなのだとか!

この舞は唐のころに作られたとか、百済国の採桑翁をモデルに作られ、用明天皇(聖徳太子の父)の御代に大神公持(おがのきんもち)が伝えたなどと言われています。
その後、京方(10世紀ごろより、京方・天王寺方・南都方の3つの楽所がありました)の多家(おおのけ)が伝承しており、いったん途絶えたこともあったのですが、堀河天皇が天王寺方の秦公貞(はたのきんさだ)に命じて継承させたとのことです。
採桑翁は天王寺方と関係の深い舞だったのですね。
その後、旧暦2月22日の聖徳太子の命日の法要である聖霊会において何度か舞われた記録があります。

採桑翁では舞の途中で漢詩を唱えます。
四天王寺の経供養を見に行って写真を撮影したのは随分以前のことなので、漢詩を唱えたのかどうか、記憶にないのですが(汗)その漢詩とは次のようなものです。

三十情方盛 四十気力微 五十至衰老 六十行歩宣
七十杖項栄 八十座魏々 九十得重病 百歳死無疑

三十情方盛・六十行歩宜・七重杖項栄・八十座魏々はすいません、意味がわかりません。(わかる方、教えてください!)
四十気力微は「40歳は気力微かなり」、五十至衰老は「50歳で老い衰える」、九十得重病は「90歳で重病を得る」、百歳死無疑は「百歳で疑いなく死ぬ」でしょうか?

九十と百は縁起が悪いので唱えらえなかったそうです。
「採桑老を舞うと死ぬ」と言われるのはそのためではないかとする説もあります。

採桑老は唐または百済で作られたといわれていますが、日本に伝わり、天王寺方に継承され聖徳太子の命日に行われる四天王寺の聖霊会で舞われることで、採桑老に聖徳太子のイメージが重ねられたのではないかと思います。

梅原猛さんは聖徳太子は怨霊だといっておられます。
怨霊とは政治的陰謀によって不幸な死を迎えたもののことで、疫病の流行や天災は怨霊の仕業でひきおこされると考えられていました。
聖徳太子の子孫は蘇我入鹿に攻められて全員法隆寺で首をくくって死にました。
そのため聖徳太子は怨霊になったと梅原氏はおっしゃっています。

「採桑老を舞うと死ぬ」といわれるのは、聖徳太子の怨霊の祟りがあると考えられたからかも?




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