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妙心寺塔頭・桂春院 四つの庭園

2015.10.16

妙心寺塔頭・桂春院 四つの庭園 はコメントを受け付けていません。

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

妙心寺塔頭の大心院を出て、次に向かったのは「桂春院」です。妙心寺境内で通年公開している三つの塔頭のうちの一つです。

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桂春院は、慶長3年(1598)(織田信長の孫の)津田秀則が、妙心寺73世の水庵宗掬(すいあんそうきく)を開祖として創建しました。当時は見性院(けんしょういん)と称していました。

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秀則の死後の寛永9年(1632)に、美濃の豪族・石河貞政が桂南守仙(けいなんしゅせん)を請じて建物を整備し、父母の法名から1文字ずつをとり桂春院と改めました。(入り口を入ったところは書院です。)

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拝観受付を過ぎると、「清浄の庭」があります。方丈の北にある坪庭です。

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左隅には紀州の巨岩・奇石が直立した枯滝があり、白砂の渓流が音を立てて流れるさまを表すとか。

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順路を真っすぐに行くと、茶室「既白庵(きはくあん)」があります。ここで抹茶をいただけます。既白庵は寛永8年(1631)に書院とともに江州長浜城から移されたものといわれています。

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「侘(わび)の庭」 方丈から既白庵へと通じる露地庭で、梅軒門と猿戸によって内露地と外露地に分けられ,苔に覆われた蹲踞が右隅に置かれています。

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この庭は、寛政11年(1799)に刊行された「都林泉名所図会」に載っていることから、昔から名庭とされていたことが分かります。

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生垣の向こうは一段低くなっていて、七尊石が置かれ、さびた茶の水井戸や蒼竜池があるそうです。庭の作者や年代は不明ながら、昭和6年(1931)国の史跡・名勝に指定されました。

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花頭窓のところに戻って、方丈に行きます。先ほど見た清浄の庭

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「思惟(しい)の庭」 方丈の東側の築山に十六羅漢石を置き、中央の礎石(見えませんが)を座禅石に見立て、仙境に遊ぶような趣を与えるそうです。

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飛び石は侘の庭に続き、既白庵の外露地にもなっています。

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「真如の庭」 方丈の南の崖をつつじの大刈込みで覆い、その向こうは一段低くなり楓が生い茂ります。

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一面の杉苔の上に小さな庭石をさりげなく七・五・三に配置して、十五夜満月を表現しているそうです。

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方丈の襖絵は、狩野山楽の弟子・狩野山雪による水墨画です。方丈は立入り禁止ですが、写真は自由です(省略します)。

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中央の仏間には本尊の薬師如来像を安置しています。上の「桂春院」の額は、中国から渡来した黄檗僧・天間独立の筆です。

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方丈は寛永8年(1631)に建立され、単層で屋根は入母屋造、棧瓦葺です。棧瓦(さんがわら)とは現代の和瓦のことです。

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方丈の西から庭に出るようになっています。

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真如の庭の生垣の向こうに散策路があります。最近きれいに整備したようです。

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突き当りにはかって右手から水が流れ、池がありました。

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「龍仙天空霊神」

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「千代久璽弁自在天」と書いてありました。

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さらに北に道が続いていますが、立入り禁止でした。方丈の東なので、思惟の庭と侘の庭の裏になります。町中の境内なのに、まるで深い山の中にいるようでした。

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帰りは順路を逆に戻ります。

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