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安井金毘羅宮から夢見坂へ

2015.09.24

安井金毘羅宮から夢見坂へ はコメントを受け付けていません。

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

シルバーウィークの真っただ中、清水寺方面に行ってきました。たまには観光客気分を味わおうと思っていましたが、予想以上の人出にちょっとビビりました。最初に訪れたのは安井金毘羅宮です。

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最近では(良縁を結び)悪縁を切る神社として有名になり、境内は若い女性であふれていました。では、何故この神社が縁切り神社として知られるようになったのでしょうか?

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この神社の歴史は古く、天智天皇の時代に藤原鎌足が一門の繁栄を祈願して仏堂を建立し、藤を植樹して藤寺と名づけました。後に、崇徳天皇はこの藤を愛で、寵愛した阿波内侍を住まわせて、たびたび藤寺を訪れました。(おなじみの「縁切り縁結びの碑」)

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崇徳上皇が流刑になった讃岐国で亡くなると、悲嘆にくれた阿波内侍は出家して尼になり、上皇自筆の尊影を藤寺観音堂に奉納して、日夜ひたすら拝んだとされます。

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治承元年(1177)大円法師が観音堂に参拝した際、崇徳上皇の霊が現れたことを聞いた後白河法皇は詔を残し、後の建治年間(1275~77)に光明院観勝寺が建立されたのが安井金毘羅宮の起こりとされます。

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同寺は応仁の乱(1467~77)により荒廃しましたが、元禄8年(1695)太秦安井にあった蓮華光院が当地に移建され、その鎮守として崇徳天皇に加えて源頼政と讃岐金刀比羅宮より勧請した大物主神を祀り、安井の金比羅さんの名で知られるようになりました。(本殿の横には誰もいませんでした。)

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源頼政を祀ったのは、中興に貢献した大円法師がその末裔であったことからです。明治維新の神仏分離で蓮華光院が廃止され安井神社と称しましたが、戦後に安井金比羅宮となりました。(向こうに行列が続いています。)

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ここには、「久志(櫛)塚」と「吉川観方小直衣之像」があります。吉川観方は 画家、風俗研究家で、松竹映画の時代考証に携わりました。毎年ここで、古くなった櫛や簪を供養する「櫛まつり」が行われます。

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流刑先の崇徳天皇が一切の欲を絶って国家安泰を祈願したことにちなんで、安井金毘羅宮は断ち物の祈願所となりました。そこには、男女の縁を妨げ、別離の苦悩をもたらす悪運を断つという意味も込められているのです。

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安井金毘羅宮を出て、東大路を挟んだ向かいにある「八坂通」を歩きました。

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この通りは茶わん坂より人通りが少なくて、落ち着いた風情があるのですが、この日はかなり混雑していました。

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いつも八坂の塔が見えていて、法観寺への参詣道でもあります。

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来た方向を振り返ると、かなり坂道を上ってきたことが分かります。

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金剛寺(八坂庚申堂)の前まで来ました。

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こちらは北に向かう下河原通で、金剛寺から八坂神社の南楼門まで続いています。

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いま上って来た八坂通は、夢見坂ともいいます。聖徳太子が、いつか京都に都が遷るという夢を見て法観寺を建てたという言い伝えから来ているそうです。

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この通りにはかつて夢見地蔵というお地蔵様があったそうです。

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