村崎一徳による神社、お寺、お城などの写真や風景写真など旅行写真まとめ

南禅寺 三門から法堂へ

2015.09.03

南禅寺 三門から法堂へ はコメントを受け付けていません。

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

Jmu_0485a
※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事では南禅寺の三門の前まで来ました。その後ろには勅使門があります。江戸時代の寛永18年(1641)に明正天皇より、御所にあった「日の御門」を拝領したものです。

Jmu_0811a

かっては天皇や勅使の来山のときに限って開かれる門でしたが、今では住持の晋山に限って開かれるそうです。「晋山」とは、新しい住職が就任するときの儀式です。(下は駐車場から)。

Jmu_0815a

こちらは「中門」 関ヶ原の戦いの後の慶長6年(1601)、武将・松井康之より伏見城松井邸の門を勅使門として寄進されたものです。上の「日の御門」の拝領により、南に移されて幕末までは脇門と呼ばれていたそうです。

Jmu_0812a

もう一度三門の前に来ました。現在の三門は寛永5年(1628)に藤堂高虎が大阪夏の陣に倒れた家来の菩提を弔うために再建したものです。

Jmu_0477a

三門の右手前の巨大な石灯籠 寛永5年の三門落慶の際に佐久間勝之が供養の為に奉献したもので、高さ6メートル余りの車洋一の大きさといわれています。俗に、佐久間玄藩の片灯寵と呼ばれています。

Jmu_0806a

ところで、三門とは仏道修行で悟りに至る為に透過しなければならない三つの関門を表す、空、無相、無作の三解脱門を略した呼称だそうです。

Jmu_0552a

山門とも書き表されて寺院を代表する正門で、禅宗の七堂伽藍(山門、仏殿、法堂、僧堂、庫裏、東司、浴室)の一つです。(久しぶりに三門に上ることにしました。)

Jmu_0488a

上層の楼は五鳳楼といわれ、内陣には仏師左京等作の本尊・宝冠釈迦座像、その脇士に月蓋長者、善財童士、左右に十六羅僕を配置し、本光国師、徳川家康、藤堂高虎の像と一門の重臣の位牌が安置されています。

Jmu_0491a

また天井の鳳凰、天人の極彩色の図は狩野探幽、土佐徳悦の筆とされています。(さすがに、ここからの眺めは絶景です。)Jmu_0493a

この三門は「天下竜門」とも呼ばれ、京都三大門と日本三大門の一つだそうです。(南の蹴上の浄水場)

Jmu_0532a

京都三大門は他に知恩院の三門と東本願寺の御影堂門で、日本三大門はいろいろな組み合わせがあるようです。(西は左大文字)

Jmu_0545b

先に現在の三門は再建されたものと書きましたが、南禅寺開創当時のものは永仁3年(1295)に西園寺実兼の寄進によって建立されました。(船形まで見えます。)

Jmu_0504a

その後、応安年間(1368年~1374年)に新三門へと改築されましたが、文安4年(1447)の火災で焼失しました。(北の方には、金戒光明寺の山門と御影堂)

Jmu_0544a

先ほど登ってきた永観堂の多宝塔は、ほとんど木に埋もれていました。

Jmu_0508a

楼上で石川五右衛門が「絶景かな絶景かな…」と見得を切る歌舞伎の場面は有名ですね。(東の方には法堂)

Jmu_0530a

ただし、五右衛門は文禄3年(1594)に処刑され、三門が再建されたのは寛永5年(1628)なのでこの場面は創作です。(右は塔頭の正因庵)

Jmu_0539a

この歌舞伎「金門五山桐(のちに楼門五三桐)」の初演は安永7年 (1778)で、三門が再建されてから150年たっています。(塔頭の天授庵)

Jmu_0542a

その当時には既に、この三門からの眺めが絶景であることが知られていたのでしょう。(降りるときは滑りそうで、かなり怖いです。)

Jmu_0549a

Jmu_0551a

三門の正面にある法堂に向かいます。 法堂は、法式行事や公式の法要が行われる場所で、南禅寺の中心となる建物です。

Jmu_0558a

創建当時の法堂は応仁、文明の乱で焼失し、文明11年(1479)頃に復興されました。その後、慶長11年(1606)に豊臣秀頼の寄進により大改築されましたが、明治26年(1893)の火災によって焼失しました。(振り返って三門)

Jmu_0564a

現在の法堂は明治42年(1909)に再建されたもので、内部の須弥壇上中央に本尊の釈迦如来、右に獅子に騎る文殊菩薩、左に象に騎る普賢菩薩の三尊像が安置されているそうです。

Jmu_0560a

Jmu_0562a

最後に、ブログランキングの応援のクリック↓をよろしく(一日一回有効です)。

  ★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Jmu_0535a



村崎一徳について
わたくし村崎一徳は、
お寺やお城、神社、昔の住宅、教会、宮殿、寺院、修道院、御所、駅、駅舎、公園、庭園、空港、劇場、劇場・映画館・演芸場・観覧場・公会堂・集会場、ホテル・旅館、工場、下宿・寄宿舎、倉庫、博物館・美術館・図書館などの建造物や工芸品,彫刻,書跡,典籍,古文書,考古資料,歴史資料などの有形の文化財など歴史がある物が大好きなわたくし村崎一徳がデジカメ片手に全国を旅しながら写真を紹介しています。
古く歴史を感じることが大好きなわたくし村崎一徳は奈良時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代、安土桃山時代、戦国時代、江戸時代、幕末、明治時代、大正時代、昭和時代までいろいろな時代のものを散策しています。
北は北海道から南は沖縄まで色んな観光地を訪ねながら、風景や建造物の写真を紹介中です。主に関東圏をまわっていますが、お金と時間に余裕がある時は気合い入れて遠出しています。 これまで行った場所は・・・
函館の夜景、小樽運河、知床五湖、金森赤レンガ倉庫群、五稜郭跡、摩周湖、襟裳岬、札幌時計台、十和田湖、小岩井農場、盛岡、鳴子温泉、角館町 武家屋敷、全国花火競技大会、銀山温泉、川越「時の鐘」、東京ディズニーランド、東京ディズニーシー、靖国神社、秋葉原電気街、新宿御苑、明治神宮、昭和記念公園、三鷹の森ジブリ美術館、浅草寺、浅草周辺、葛西臨海水族園、東京国立博物館、恩賜上野動物園、上野東照宮、山形県最上郡の堺田分水嶺、東京タワー、東京スカイツリー、アメ屋横丁、横須賀三笠公園、戦艦三笠、横浜氷川丸、中華街、元町、上野東照宮、日光東照宮、鎌倉大仏、箱根関所跡、箱根登山鉄道、箱根海賊船、箱根湯本、小田原城、江戸城、小江戸川越、鶴岡八幡宮、鎌倉五山、善光寺、川中島古戦場、松本城、旧中山道、南木曽町、妻籠宿、馬籠宿、松本城、名古屋テレビ塔、東山動植物園、熱海温泉、伊東温泉、富士山、鹿苑寺(金閣寺)、三千院、慈照寺(銀閣寺)、八坂神社、大徳寺、南禅寺、祇園新橋、妻籠宿本陣、馬籠諏訪神社、戦艦陸奥、自由の女神、お台場、熊谷家住宅、建長寺、長谷寺、船の科学館、真如堂、知恩院、鞍馬寺、平安神宮、太秦映画村、清水寺、三十三間堂(蓮華王院)、東福寺、北野天満宮、産寧坂(三年坂)、龍安寺、妙心寺、渡月橋、二条城、京都タワー、教王護国寺(東寺)、伏見稲荷大社、宇治橋、平等院鳳凰堂、東大寺、奈良公園、興福寺、唐招提寺、法隆寺(斑鳩寺)、唐招提寺、原爆ドーム、厳島神社、岡山城、後楽園、瀬戸大橋、萩市、熊本城、本妙寺、細川刑部邸、岩国城、長門峡、関門橋、小倉城、スペースワールド、太宰府天満宮、博多どんたく、吉野ヶ里遺跡、唐津城 (舞鶴公園)、聖フランシスコザビエル記念聖堂、ハウステンボス、オランダ村、黒島天主堂、島原城、平和公園、グラバー園、長崎原爆資料館、浦上天主堂、八千代座、通潤橋、水前寺公園、阿蘇山、阿蘇火山博物館、阿蘇カルデラ、阿蘇大観峰、肥後本妙寺、火の国祭り、頓写会、阿蘇草千里、二の丸公園、別府温泉、湯布院、桜島、西郷隆盛銅像、美ら海水族館、琉球村、首里城公園、ひめゆりの塔、平和記念公園、座間味島、那覇、国際通り、海軍壕、那覇空港、万座岬、ホエールウォッチング・・・などなどです。
わたくし村崎一徳は他にもどんどん行く予定です。
ただ、全部は回れないので、他の旅人さんの情報をまとめたこのサイトを作る事で全国を旅した気分になれるようなそんなまとめサイトを目指したいと思います。決して著作権を侵害する目邸ではありません。 できえば他のブロガーさんや旅人が足を運ばないような、あまり知られていないマイナーな場所にも足を運びたいと考えています。
個人的に今興味があるのは戦前、戦中の数少ない遺跡などが見たいと思います。そういうスポットでおすすめとろこなんていうのがあれば情報交換とかもしたいですね。そういう意味でもコメントなども随時受け付けています。村崎一徳と一緒に地方のマイナーなスポットを盛り上げましょうww
よろしくお願いします。

コメントは利用できません。

当サイトについて

日本国内の寺院や神社、お城、歴史建造物などの名所巡り、撮り鉄、乗り鉄などの情報ブログなどのまとめサイトです。

当サイトについての詳細

管理人についての詳細

オリジナルカテゴリー

フォト蔵

村崎一徳のコンデジ旅行日記

RSS Feed Widget

Twitter

動画

アクセスランキング