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天気が悪い日も船撮りしたい!・・・志賀島大作戦

2015.09.01

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フェリーが通る海沿いに来ると、船撮りの血が騒いでしまいます。九州ブルトレが全滅して以来、夜行フェリーのゆったりとした旅情に寝台列車の面影を感じるようになり、「にわか」程度ながら、いつの間にか中小旅客船・RORO船に関心を抱くようになりました。

今回は福岡市東区の北西端、ちょうど福岡市早良区から博多湾を隔てて対岸にある志賀島を訪れました。見晴らしのいい「休暇村志賀島」横の浜辺に降りてみます。あいにく上空には雲がかぶさり、写真や動画を撮るには適していません。長崎グラバー園で九州商船を撮ったときにしても、普段来ない場所に来たときに限って悪天候です。

とはいえ、せっかく普段来ない場所に来たので、今後の参考程度に船撮りしてみました。JR九州「ビートル」、九州郵船「フェリーちくし」、カメリアライン「ニューかめりあ」を中心に撮影。


▲志賀島沖を航行する博多行き「ビートル」
砂浜に降りると、左端に航行中の「ビートル」が見えたので急いでスナップしたところ、同船は数秒もしないうちに志賀島の山影に隠れてしまいました。奥に見える陸地は糸島半島です。糸島在住歴があるとはいえ、半島北端部の方には殆ど足を運んだことがないので、あのエリアの地理には疎いです。


▲志賀島の砂浜から糸島半島・玄界島を眺めて


博多港の方から作業船がやって来ました。写真上、作業船はちょうど玄界島南側の無人島・小机島のあたりを航行しているのが見えます。


▲勝馬海水浴場の真横にある沖津島
沖津島はいわゆる陸繋島の類で、干潮時には砂州を伝って島に上陸することができます。撮影時はあいにく、砂州が十数センチほど沈没していたので上陸を断念して、遠くから撮影するだけに留めておきました。島の上には明神鳥居が1基建立されています。

志賀島は皆様ご存知の通り陸繋島。そんな志賀島の中に陸繋島たる沖津島があるということはすなわち、「陸繋島の中に陸繋島が存在する」ということです。この例は必ずしも珍しいケースではないと思うので、興味がある方は地図で「陸繋島の中の陸繋島」が他にもあるかどうか探してみてください。


続いて対馬方面から、博多行きの九州郵船「フェリーちくし」が近づいてきました。玄界島を南から回り込むようにして、博多湾に入ってきます。


先ほどの作業船が玄界島沖で「フェリーちくし」とすれ違います。玄界島に半分隠れた大岩は無人島の柱島。


玄界島を南から回り込んで、福岡県西方沖地震による被災から復興を遂げ、はや10年となる集落の真横を通過していきます。志賀島から玄界島を眺めると、島南部の集落がなだらかな傾斜に張り付くかたちで建っていることが分かります。加えて、昔ながらの古い擁壁を多数抱えた状況が結果として、西方沖地震での大被災につながったのでしょう。


▲大机島(右)と小机島(左)沖を通る「フェリーちくし」
玄界島を通り過ぎた「フェリーちくし」は続いて、大机島・小机島の横をかすめるように通ります。このまま博多目指してまっしぐらと思いきや、その前に一つビッグイベントが待ち受けていました。


博多方面から一際大きな、といってもクルーズ船よりも二回り小さなフェリーが近づいてきました。釜山行のカメリアライン「ニューかめりあ」です。「フェリーちくし」と「ニューかめりあ」は徐々に近づき、糸島半島・宮浦沖ですれ違いました。同じフェリー同士でも、航行距離・用途が異なると大きさが一回りも異なってきます。


「ニューかめりあ」は先ほど「フェリーちくし」が通ったルートを辿るように、意外と速い速度で北上していきます。「ニューかめりあ」の方が手前側を航行しているためか、船体が大きいためかどうかは分かりませんが、玄界島沖を航行する「ニューかめりあ」を眺めてみたところ、集落が半分ほど船体に隠れてしまいました。


玄海島を過ぎ、いよいよ「ニューかめりあ」は博多湾を出て玄界灘に入ります。釜山まではまだまだこれから、半日間の長い旅路が始まります。

撮影日:2015年8月29日


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