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永観堂 夏の諸堂めぐり

2015.08.31

永観堂 夏の諸堂めぐり はコメントを受け付けていません。

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

朝から降っていた雨も上がり、久しぶりに永観堂に行ってきました。今年の大雪の日以来で、夏に来るのは初めてかも知れません。上は総門、下は塀越しの紅葉が美しいところです。

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永観堂は正式には禅林寺といい、浄土宗西山禅林寺派の総本山です。平安時代(853年)に空海の弟子・真紹が藤原関雄の山荘を譲り受け、尊像を安置して真言宗の道場としたのが始まりとされます。拝観受付がある中門

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平安時代の承暦年間(1077-81)に第7世永観が入寺し、浄土念仏道場としました。早速お堂に上がります。

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その後、鎌倉時代(1253年)に證空の弟子・17世浄音が入寺して、浄土宗西山禅林寺派の本山になりました。こちらが大玄関。

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永観堂は、真言密教、浄土教、浄土宗と宗派を変遷してきました。その中で、寺の通称の由来にもなっている永観律師とはどんな人物だったのでしょうか。

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永観律師(1033-1111)は、当時の禅林寺境内に「薬王院」という施療院を建てて窮乏の人達の救済活動を行ったと伝えられています。大玄関から入ると右に庭が見えます。釈迦堂の南庭です。

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また、病人の浴室として、「温室(うんしつ)」を設け、薬王院に阿弥陀像を安置して末期の人々を見送るなどしました。庭の中央の唐門(勅使門)は京都府指定文化財です。江戸時代(1830年)に建立され、四脚の唐門です。

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永観律師は山内に梅林を育てて「悲田梅」と名づけ、窮乏の人達の薬食の一助にと果実を施しました。釈迦堂の角にある「悲田の梅」はその名残りだそうです。

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永観律師は、幼少より秀才と認められ、三論宗の学匠として名声を得て将来を嘱望されましたが、東山禅林寺に隠遁する道を選びました。こちらは釈迦堂の東庭 

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回廊の向こうは御影堂 永観堂は山の斜面に諸堂が建てられ、その多くは回廊で繋がっています。

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永観律師は、18歳から日課として一万遍の念仏を称え、後には六万遍もの念仏を称えたとされ、自ら「念仏宗永観」と名のったそうです。御影堂(大殿)は近代(1912年)に建立されたものです。

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上の方に阿弥陀堂が見えます。

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御影堂の裏の回廊を行くと水琴窟があり、そこから左右に階段があります。

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右の階段は阿弥陀堂まで行けます。

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途中にある「位牌堂」

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阿弥陀堂(本堂)は、江戸時代(1607年)に豊臣秀頼が大坂の四天王寺の曼荼羅堂を移築したものです(京都府指定文化財)。

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本尊として「阿弥陀如来立像」(重文)が祀られています。いわゆる、「見返り阿弥陀」ともよばれ、鎌倉時代初期の作といわれています。

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もう一度水琴窟の前まで来て、もう一方の階段を上ります。「臥龍廊」 室町時代(1504年)に造られたらせん階段です。

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上に登ると、山の斜面に回廊が開山堂まで続いています。

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開山堂 かなり高いところにあります。

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境内の向こうに西山が見えます。

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北の方の山は雲に覆われていました。まだ雨がが降っているのかも知れません。

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ここから戻ります。

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大玄関の正面にある庭園

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大玄関まで戻って来ました。

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