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化生寺 芙蓉 『九尾の狐とは彗星のことだった?』

2015.08.30

化生寺 芙蓉 『九尾の狐とは彗星のことだった?』 はコメントを受け付けていません。




岡山県の城下町・勝山にやってきました。

勝山 旭川

情緒ある街並みが続きます。

勝山 三浦坂 

三浦坂を登り、しばらく歩いていくと化生寺がありました。

勝山 化生寺 芙蓉

境内には殺生石の石塚がありました。

勝山 化生寺 殺生石の石塚


殺生石とは!

753年、吉備真備は遣唐副使となって唐入唐し、帰国する際に若藻という少女を遣唐使船に乗せたといわれています。
若藻は実は九尾の狐が少女に化けていたのでした。
九尾の狐とは9本の尾をもつ中国神話に登場する妖狐です。

平安時代、九尾の狐は絶世の美女・玉藻前に化け、鳥羽院(生没年/1103-1156 在位/1107-1123)の寵愛を受けます(鳥羽院は退位後1129年に院政を開いていますから、玉藻前を寵愛したのは1129年以降ということになりますね。もちろん、フィクションですが。)
ところが玉藻前を寵愛するようになってから鳥羽院の体調がすぐれなくなりました。
陰陽師・安倍泰成はこれを玉藻前の仕業と見抜きます。
泰成が真言を唱えると玉藻前は九尾の狐の姿に戻って逃げていきました。

その後、九尾の狐は那須野(栃木県那須郡)で女性をさらうなどしたため、鳥羽院は討伐軍を那須野に送ります。
討伐軍は狐の妖しの術にまどわされ苦戦したため、犬追物で騎射を特訓しました。
犬追物とは騎乗して犬を射るものですが、矢が犬を貫かないように特殊な鏑矢が用いられたようです。
特訓のかいあって九尾の狐は退治されましたが、死後、巨大な毒石・殺生石に変化して人や動物が近づくと毒気を出して命を奪いました。

この殺生石は栃木県那須町那須湯本温泉付近に実在している溶岩のこととされています。
溶岩があるあたりには有毒ガスが噴出していて、現在では立ち入り規制されることもあるそうです。

南北朝時代、玄翁和尚(生没年/1329-1400)が殺生石を破壊しました。
破壊された殺生石のかけらは全国3ヶ所の高田の地に飛んでいって落ちたと言われています。
3か所の高田の地は、越後國高田(新潟県上越市)、安芸国高田(広島県安芸高田市)または豊後国高田(大分県豊後高田市)、美作国高田(岡山県真庭市勝山)とされます。

化生寺のある勝山の地はかつては高田という地名だったのです。

『雲陽誌』という書物に次のような内容が記されています。

島根県松江市の松崎神社では延宝7年に石が掘り出され、古語『星隕って石となる』から神・ニギハヤヒの石として宝物にしました。
ニギハヤヒは星の神です。


ここに『星隕って石となる』とあります。
日本の古い祭祀スタイルとして磐座を御神体として祀ったケースが数多くあります。
このような磐座は、古には落ちてきた星であると考えられていたのでしょう。

また、『日本書紀』によれば637年に大流星があり、これを「天狗(あまつきつね)」と記しています。

すると殺生石も落ちてきた星であり、殺生石に化生した九尾の狐の正体も星ではないかと思うのです。

天狐という想像上の動物がいます。
狐が1000年生きると天狐になれるといわれ、尾の数は四尾とされます。

九尾の狐は天狐に似ていますが、尾の数が九尾なので、天狐とは少し違うようです。

天狗(あまつきつね)が流星のことだとすれば、九尾の狐は彗星のことではないでしょうか。

勝山 化生寺 九尾の狐


彗星は別名を箒星ともいいますが、九つにわかれた尾は箒のようにも見えます。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Comet-Hale-Bopp-29-03-1997_hires_adj.jpg(ヘール・ボップ彗星)
西洋の魔女は箒に乗って飛びますが、これも彗星を表しているのではないでしょうか。

化生寺・・・岡山県真庭市勝山748


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