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雲ヶ畑 松上げ 『あちこちにある惟喬親王の隠棲地』

2015.08.28

雲ヶ畑 松上げ 『あちこちにある惟喬親王の隠棲地』 はコメントを受け付けていません。

雲ヶ畑2 
地蔵盆の8月24日、京都市北区雲ヶ畑へ車で出かけました。
バスは1日2便のみ。秘境のムードが漂っています。

この日、雲ヶ畑では松上げの行事が行われました。
雲ヶ畑の松上げは、五山送り火のように山の斜面に文字型に組んだ松明を点灯するというもので、出谷町と中畑町の2か所でほぼ同時刻に行われます。

せっかくふたりいるので、友人は出谷町、私は中畑町の松上げの写真を撮ることにしました。


●中畑町

友人と別れ、中畑町の高雲寺に行くと、境内にはひっそりと石碑が建てられていました。

雲ヶ畑 高雲寺 石碑

石碑には「親王へ 火の文字今も 里の盆/香澄」と書いてありました。
いい俳句だと思いました。

平安時代、世継ぎ争いに敗れた惟喬親王がこの地に隠棲したと伝わっています。
雲ヶ畑の松上げはその惟喬親王を偲んで行われるようになったということです。
惟喬親王が53歳で亡くなられたのは897年のことです。
1100年以上たった今でも里の人は惟喬親王のことを忘れず、火の文字をあげて惟喬親王を偲んでいるのですね~。

中畑町の松上げが始まりました。

雲ヶ畑 中畑町 松上げ 

高雲寺境内から向かいの山に向かって松明を振り「おーい」と叫ぶと、向かいの山から「おーい」と返事が返ってきて文字が点火されました。

雲ヶ畑 中畑町 松上げ2

文字は毎年変わり、点火されるまで今年の文字が何なのかわかりません。
今年の文字は「千」でした。

雲ヶ畑 中畑町 松上げ3

文字が点火されると松明を持った人が山から降りて高雲寺の階段を駆け上ってきました。



●出谷町

出谷町の松上げの写真は友人に貸してもらいました。
Ⅿちゃん、ありがとうー!

雲ヶ畑 出谷町 松上げ3 
出谷町の文字は「土」だったようです。

雲ヶ畑 出谷町 松上げ2  
文字を点火したのち、山を下りて出谷町の福蔵院にやってきた人たち。

雲ヶ畑 出谷町 松上げ 

福蔵院境内では焚火でするめを焼くそうです。
友人が私のぶんのするめももらってきてくれました。
なんでするめを焼くのでしょう?

惟喬親王についての記事はいままでにもたくさん書いています。
http://kntryk.blog.fc2.com/?q=%E6%83%9F%E5%96%AC%E8%A6%AA%E7%8E%8B&charset=utf-8

惟喬親王は文徳天皇の第一皇子で母親は紀静子でした。
惟喬親王が6歳のとき、文徳天皇と藤原明子との間に惟仁親王(のちの清和天皇)が生まれました。
文徳天皇は惟喬親王を皇太子にしたいと考え源信に相談しましたが、
源信は藤原家を憚って文徳天皇をいさめたそうです。
こうして生まれたばかりの惟仁親王が皇太子となりました。
872年、惟喬親王は28歳のときに出家して隠棲したとされます。

しかし惟喬親王が隠棲したのは山城国愛宕郷小野とされています。
小野の里は大原のあたりとされ、大原には惟喬親王の墓もあります。

木地師の里 八重桜 出猩々『惟喬親王の髑髏は髑髏杯にされた?』  にも書いたのですが
惟喬親王はま滋賀県東近江市君ヶ畑に隠棲したという伝説もあります。

おそらく惟喬親王が隠棲したのは小野の里で、君ヶ畑ではないと思います。
惟喬親王の母親は紀氏なので、木地師(きじし)=紀氏(きし)という語呂合わせから、惟喬親王は木地師の祖であるとされ、木地師の里である君ヶ畑に隠棲したという伝説が作られたのかもしれません。

また紀氏の本拠地である紀州は森林資源に恵まれ紀氏は造船業などに長けていたといいますから、木地師は紀氏もしくは紀氏と関係の深い人々だったのかもしれません。

それでは惟喬親王が雲ヶ畑に隠棲したという伝説はなぜ作られたのでしょうか。
雲ヶ畑に厳島神社があり、その説明板によると、「このあたりは平安時代以前よりの集落で平安京造営の際、用材を切り出した地域である。」とのことです。

紀氏は豊富な森林資源をいかした造船技術に長けていたといいますが、豊富な森林資源があったということは、用材を切り出したり、用材を運搬する技術にも長けていたことでしょう。

このあたりもまた紀氏または紀氏と関係の深い人々が住んでいた地域だったのかも?

雲ヶ畑


高雲寺には観光客は私ともうひとりカメラマンさんがいるだけで、他はみなさん地元の方々でした。
私のようなよそ者にも親切にしてくださり、いろんなことを教えてくださった雲ヶ畑の皆さん、ありがとうございました。
派手さはありませんが、心温まるとてもすてきなお祭りでした。



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