下根来八幡神社~海の日若狭行(3)←(承前)




前回の若狭行では、一面が雪で真っ白だった若狭姫神社ですが、海の日の今回、これぞまさに見渡すかぎりの万緑です。

時刻は07:15頃、強い朝陽が社叢へと降り注ぎ、台風一過で潤った緑がより鮮やかに映えています。




随神門の上空を仰ぎ見れば、真っ青な天を覆い尽くすように大樹の緑。




この随神門には、若狭彦神社と同様に、左右それぞれ四柱ずつ合計八柱の随身(ずいじん)という眷属の神像が祀られています。

また、本殿とその直前にある神門、そして随神門が若狭彦神社と同様に、福井県指定の有形文化財となっています。
この写真で随神門の向こうに、見えにくいですけれど神門が見えているように、これら両社の本殿・神門・随神門は一直線に配置されています。

小浜市/観光・歴史・文化/寺社・史跡/若狭一の宮
この二つの神社で共通する点は、境内に、本殿・神門・随神門といわれる3つが一直線に配置されていることです。全体的には、彦神社は本殿の前面屋根が短く簡潔なところから厳粛な神殿といわれるのに対し、姫神社は本殿の屋根が流れるように伸びていますので、やさしく美しい感じを受けます。

さらに若狭姫神社では、境内の見返り鳥居から境外の一之鳥居までが一直線で、そこまで徹底した神社はどちらかと言えば珍しい方だと思います。
古社の参道では、少しだけでもわざと曲げて造っているのが普通かと思いますので。

あと、若狭姫神社の社叢は、建造物とともに福井県の有形文化財に
指定されています。
福井の文化財/福井県内の文化財/国・県指定文化財一覧

小浜市HPでは県の天然記念物とされていますけど…




千年杉
神門

千年杉は、あらためてこうして見ると、本当にデカい。
幹周り約6m、高さ約35m、樹齢300年以上、だそうです。

冬に雪の積もった状態で見た印象とは明らかにボリュームが違って、生命感にあふれています。

右下にあるのが神門。
その手前に案内看板が3つ並んでいますけれど、実は冬に何度か来てても、これらの存在に気付きませんでした。

何故なら、いつも↓こんな感じで雪に埋もれていたからです(泣)





そこで、神門の正面にある3つの案内看板。

なかなか興味深いのですが、写真では読みにくいかと思いますので、向かって右端と真ん中のものを下に書き出してみます。
タテ書きがヨコ書きになりますので、何卒ご留意くださいませ。


▼右端

 奈良の都、京の都の北方に位置して
 古来、北陸道七ヶ国( 若狭、越前、
加賀、能登、越中、越後、佐渡 )の
第一番目に数えられる若狭の国は
    ┌      ┐
    │東 、三方郡│
若狭三郡│中央、遠敷郡│よりなり
    │西 、大飯郡│
    └      ┘
当国鎮守一の宮御鎮座の遠敷郡遠敷村
(現、小浜市)遠敷の地は、若狭の国
の国なか(中央)に当ります。


▼真ん中

     民俗学者
       柳田国男先生詠
+玉造る(若狭めのうのこと)
  若狭の国の 国なかに
 神代(かみよ)の神を
   をか(拝)む  けふ(今日)哉
+とこしへに(永久に変わらないこと)
  竝ひ(ならび)ていますわかさ彦
 わかさ姫こそ
   うらやましけれ
 彦の神〔南〕の宮と、姫の神〔北〕の
宮との間は一・五粁にして、御両宮
とも後に山を負い、前は音無川の
清流に莅(のぞ)み、東面されての御鎮座
であります。
  明治四十二年六月二十四日参拝
      (平成十六年より九十五年前)


どうやらこちらの宮司さんは、このような看板を作るのが随分とお好きなようで、境内のアチコチにある様々な案内が助かりますし、若狭彦神社には「全国パワースポット 若狭の旅 入り口はこちら」などと書かれた看板もあって愉快です。

まあ正直、景観的には、どうかとも思いますけれど…(笑)




太陽もずいぶんと高くまで昇りました。

濃い青空の色を優先すると、杜や随神門など全ての景色が、逆光で真っ暗になってしまいます。




冬にも撮っていた大きな石燈籠ですが、案内板がありました。




石燈籠の案内板アップ。

「社前の道(京への最短の鯖街道)」というのが、前回の下根来八幡宮でご紹介した、遠敷川を遡上(南下)して鵜の瀬から上根来を抜け針畑峠を越えるルートです。

この遠敷の地が、ひとつは熊川宿から琵琶湖西岸へ抜けるルート、もうひとつが上根来から針畑峠を越えるルート、という都への分岐点であったということですね。

なお、ここにある「音無瀬川」というのは遠敷川で、その「下流(北)百米の所が丹後街道」とは、今の国道27号線に該当します。
ただ、
国道27号線がそのまま旧丹後街道であったわけではなく、その国道に並行しながら古い町並みで残る生活道が、旧丹後街道となります。

丹後街道とは、越前の敦賀から若狭を横断して丹後の宮津へと通じた街道ですが、その名称は越前や若狭方面での呼称であり、丹後方面での呼称は若狭街道となったそうで、要は日本海の主要な港や都市を繋ぐ幹線でした。

よって小浜遠敷は地理的にもその中心に位置し、なおかつ都への物流基地であったということになります。




苔むした玉守神社。

強い日差しで木漏れ日のコントラストが強く、どうにも何が写ってるか分かりにくくなっています。




向かって右の中宮神社と左の日枝神社を紹介するポーズ、だそうです。

雪の季節とは違い、サチエにも元気があるような。




元気に水が流れる御神井。

前回は凍結のため水が出ませんでしたから、ことさら嬉しく感じました。




御神井の上にある説明書きのアップ。

御神井そのものに関することではなく、神紋「宝珠に波」についてです。
波、潮、水玉など、豊かな水に満ちた聖域であることをお伝え頂いています。




この手水も湧き水で、近くに汲むための専用蛇口があります。
参拝が終わってから、たっぷりと頂いて帰りました。


前回は激しい降雪のため、遠敷川沿いの参拝はこの若狭姫神社のみで諦めましたけれど、今回は鵜の瀬から始め、八幡宮からここへと至り、次は若狭彦神社、神宮寺へと進むことができました。感謝…



(つづく)→ 若狭彦神社~海の日若狭行(5)





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村崎一徳による神社、お寺、お城などの写真や風景写真など旅行写真まとめ

若狭姫神社〜海の日若狭行(4)

2015.08.08

若狭姫神社〜海の日若狭行(4) はコメントを受け付けていません。


下根来八幡神社~海の日若狭行(3)←(承前)




前回の若狭行では、一面が雪で真っ白だった若狭姫神社ですが、海の日の今回、これぞまさに見渡すかぎりの万緑です。

時刻は07:15頃、強い朝陽が社叢へと降り注ぎ、台風一過で潤った緑がより鮮やかに映えています。




随神門の上空を仰ぎ見れば、真っ青な天を覆い尽くすように大樹の緑。




この随神門には、若狭彦神社と同様に、左右それぞれ四柱ずつ合計八柱の随身(ずいじん)という眷属の神像が祀られています。

また、本殿とその直前にある神門、そして随神門が若狭彦神社と同様に、福井県指定の有形文化財となっています。
この写真で随神門の向こうに、見えにくいですけれど神門が見えているように、これら両社の本殿・神門・随神門は一直線に配置されています。

小浜市/観光・歴史・文化/寺社・史跡/若狭一の宮
この二つの神社で共通する点は、境内に、本殿・神門・随神門といわれる3つが一直線に配置されていることです。全体的には、彦神社は本殿の前面屋根が短く簡潔なところから厳粛な神殿といわれるのに対し、姫神社は本殿の屋根が流れるように伸びていますので、やさしく美しい感じを受けます。

さらに若狭姫神社では、境内の見返り鳥居から境外の一之鳥居までが一直線で、そこまで徹底した神社はどちらかと言えば珍しい方だと思います。
古社の参道では、少しだけでもわざと曲げて造っているのが普通かと思いますので。

あと、若狭姫神社の社叢は、建造物とともに福井県の有形文化財に
指定されています。
福井の文化財/福井県内の文化財/国・県指定文化財一覧

小浜市HPでは県の天然記念物とされていますけど…




千年杉
神門

千年杉は、あらためてこうして見ると、本当にデカい。
幹周り約6m、高さ約35m、樹齢300年以上、だそうです。

冬に雪の積もった状態で見た印象とは明らかにボリュームが違って、生命感にあふれています。

右下にあるのが神門。
その手前に案内看板が3つ並んでいますけれど、実は冬に何度か来てても、これらの存在に気付きませんでした。

何故なら、いつも↓こんな感じで雪に埋もれていたからです(泣)





そこで、神門の正面にある3つの案内看板。

なかなか興味深いのですが、写真では読みにくいかと思いますので、向かって右端と真ん中のものを下に書き出してみます。
タテ書きがヨコ書きになりますので、何卒ご留意くださいませ。


▼右端

 奈良の都、京の都の北方に位置して
 古来、北陸道七ヶ国( 若狭、越前、
加賀、能登、越中、越後、佐渡 )の
第一番目に数えられる若狭の国は
    ┌      ┐
    │東 、三方郡│
若狭三郡│中央、遠敷郡│よりなり
    │西 、大飯郡│
    └      ┘
当国鎮守一の宮御鎮座の遠敷郡遠敷村
(現、小浜市)遠敷の地は、若狭の国
の国なか(中央)に当ります。


▼真ん中

     民俗学者
       柳田国男先生詠
+玉造る(若狭めのうのこと)
  若狭の国の 国なかに
 神代(かみよ)の神を
   をか(拝)む  けふ(今日)哉
+とこしへに(永久に変わらないこと)
  竝ひ(ならび)ていますわかさ彦
 わかさ姫こそ
   うらやましけれ
 彦の神〔南〕の宮と、姫の神〔北〕の
宮との間は一・五粁にして、御両宮
とも後に山を負い、前は音無川の
清流に莅(のぞ)み、東面されての御鎮座
であります。
  明治四十二年六月二十四日参拝
      (平成十六年より九十五年前)


どうやらこちらの宮司さんは、このような看板を作るのが随分とお好きなようで、境内のアチコチにある様々な案内が助かりますし、若狭彦神社には「全国パワースポット 若狭の旅 入り口はこちら」などと書かれた看板もあって愉快です。

まあ正直、景観的には、どうかとも思いますけれど…(笑)




太陽もずいぶんと高くまで昇りました。

濃い青空の色を優先すると、杜や随神門など全ての景色が、逆光で真っ暗になってしまいます。




冬にも撮っていた大きな石燈籠ですが、案内板がありました。




石燈籠の案内板アップ。

「社前の道(京への最短の鯖街道)」というのが、前回の下根来八幡宮でご紹介した、遠敷川を遡上(南下)して鵜の瀬から上根来を抜け針畑峠を越えるルートです。

この遠敷の地が、ひとつは熊川宿から琵琶湖西岸へ抜けるルート、もうひとつが上根来から針畑峠を越えるルート、という都への分岐点であったということですね。

なお、ここにある「音無瀬川」というのは遠敷川で、その「下流(北)百米の所が丹後街道」とは、今の国道27号線に該当します。
ただ、
国道27号線がそのまま旧丹後街道であったわけではなく、その国道に並行しながら古い町並みで残る生活道が、旧丹後街道となります。

丹後街道とは、越前の敦賀から若狭を横断して丹後の宮津へと通じた街道ですが、その名称は越前や若狭方面での呼称であり、丹後方面での呼称は若狭街道となったそうで、要は日本海の主要な港や都市を繋ぐ幹線でした。

よって小浜遠敷は地理的にもその中心に位置し、なおかつ都への物流基地であったということになります。




苔むした玉守神社。

強い日差しで木漏れ日のコントラストが強く、どうにも何が写ってるか分かりにくくなっています。




向かって右の中宮神社と左の日枝神社を紹介するポーズ、だそうです。

雪の季節とは違い、サチエにも元気があるような。




元気に水が流れる御神井。

前回は凍結のため水が出ませんでしたから、ことさら嬉しく感じました。




御神井の上にある説明書きのアップ。

御神井そのものに関することではなく、神紋「宝珠に波」についてです。
波、潮、水玉など、豊かな水に満ちた聖域であることをお伝え頂いています。




この手水も湧き水で、近くに汲むための専用蛇口があります。
参拝が終わってから、たっぷりと頂いて帰りました。


前回は激しい降雪のため、遠敷川沿いの参拝はこの若狭姫神社のみで諦めましたけれど、今回は鵜の瀬から始め、八幡宮からここへと至り、次は若狭彦神社、神宮寺へと進むことができました。感謝…



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村崎一徳について
わたくし村崎一徳は、
お寺やお城、神社、昔の住宅、教会、宮殿、寺院、修道院、御所、駅、駅舎、公園、庭園、空港、劇場、劇場・映画館・演芸場・観覧場・公会堂・集会場、ホテル・旅館、工場、下宿・寄宿舎、倉庫、博物館・美術館・図書館などの建造物や工芸品,彫刻,書跡,典籍,古文書,考古資料,歴史資料などの有形の文化財など歴史がある物が大好きなわたくし村崎一徳がデジカメ片手に全国を旅しながら写真を紹介しています。
古く歴史を感じることが大好きなわたくし村崎一徳は奈良時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代、安土桃山時代、戦国時代、江戸時代、幕末、明治時代、大正時代、昭和時代までいろいろな時代のものを散策しています。
北は北海道から南は沖縄まで色んな観光地を訪ねながら、風景や建造物の写真を紹介中です。主に関東圏をまわっていますが、お金と時間に余裕がある時は気合い入れて遠出しています。 これまで行った場所は・・・
函館の夜景、小樽運河、知床五湖、金森赤レンガ倉庫群、五稜郭跡、摩周湖、襟裳岬、札幌時計台、十和田湖、小岩井農場、盛岡、鳴子温泉、角館町 武家屋敷、全国花火競技大会、銀山温泉、川越「時の鐘」、東京ディズニーランド、東京ディズニーシー、靖国神社、秋葉原電気街、新宿御苑、明治神宮、昭和記念公園、三鷹の森ジブリ美術館、浅草寺、浅草周辺、葛西臨海水族園、東京国立博物館、恩賜上野動物園、上野東照宮、山形県最上郡の堺田分水嶺、東京タワー、東京スカイツリー、アメ屋横丁、横須賀三笠公園、戦艦三笠、横浜氷川丸、中華街、元町、上野東照宮、日光東照宮、鎌倉大仏、箱根関所跡、箱根登山鉄道、箱根海賊船、箱根湯本、小田原城、江戸城、小江戸川越、鶴岡八幡宮、鎌倉五山、善光寺、川中島古戦場、松本城、旧中山道、南木曽町、妻籠宿、馬籠宿、松本城、名古屋テレビ塔、東山動植物園、熱海温泉、伊東温泉、富士山、鹿苑寺(金閣寺)、三千院、慈照寺(銀閣寺)、八坂神社、大徳寺、南禅寺、祇園新橋、妻籠宿本陣、馬籠諏訪神社、戦艦陸奥、自由の女神、お台場、熊谷家住宅、建長寺、長谷寺、船の科学館、真如堂、知恩院、鞍馬寺、平安神宮、太秦映画村、清水寺、三十三間堂(蓮華王院)、東福寺、北野天満宮、産寧坂(三年坂)、龍安寺、妙心寺、渡月橋、二条城、京都タワー、教王護国寺(東寺)、伏見稲荷大社、宇治橋、平等院鳳凰堂、東大寺、奈良公園、興福寺、唐招提寺、法隆寺(斑鳩寺)、唐招提寺、原爆ドーム、厳島神社、岡山城、後楽園、瀬戸大橋、萩市、熊本城、本妙寺、細川刑部邸、岩国城、長門峡、関門橋、小倉城、スペースワールド、太宰府天満宮、博多どんたく、吉野ヶ里遺跡、唐津城 (舞鶴公園)、聖フランシスコザビエル記念聖堂、ハウステンボス、オランダ村、黒島天主堂、島原城、平和公園、グラバー園、長崎原爆資料館、浦上天主堂、八千代座、通潤橋、水前寺公園、阿蘇山、阿蘇火山博物館、阿蘇カルデラ、阿蘇大観峰、肥後本妙寺、火の国祭り、頓写会、阿蘇草千里、二の丸公園、別府温泉、湯布院、桜島、西郷隆盛銅像、美ら海水族館、琉球村、首里城公園、ひめゆりの塔、平和記念公園、座間味島、那覇、国際通り、海軍壕、那覇空港、万座岬、ホエールウォッチング・・・などなどです。
わたくし村崎一徳は他にもどんどん行く予定です。
ただ、全部は回れないので、他の旅人さんの情報をまとめたこのサイトを作る事で全国を旅した気分になれるようなそんなまとめサイトを目指したいと思います。決して著作権を侵害する目邸ではありません。 できえば他のブロガーさんや旅人が足を運ばないような、あまり知られていないマイナーな場所にも足を運びたいと考えています。
個人的に今興味があるのは戦前、戦中の数少ない遺跡などが見たいと思います。そういうスポットでおすすめとろこなんていうのがあれば情報交換とかもしたいですね。そういう意味でもコメントなども随時受け付けています。村崎一徳と一緒に地方のマイナーなスポットを盛り上げましょうww
よろしくお願いします。

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