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よろしく哀愁。よろしく九州② 町田

2016.02.01

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「町田」と聞くと殆どの方が「小田急線」「横浜線」を思うであろう。だが、かつて九州には宮原線(みやのはるせん)という国鉄路線が存在し、その駅のひとつに町田という駅があった。というより、この「町田」という駅名については宮原線の方がはるかに大先輩であり元祖である。ちなみに宮原線とは、九州は久大本線にある恵良から肥後小国までを結ぶ路線であった。肥後小国から先も当然ながら延伸計画があり、確か黒木線や熊本電気鉄道の菊池までの延伸計画があったはずだ。もちろん現在、その計画は頓挫している事であろう。
ところで我々が常識として考えている「町田」は、かつて横浜線の方は「原町田」、小田急線の方は「新原町田」と称した。新原町田の方は私は馴染みがないが、原町田の方はしっかりと馴染みがあった。1976年に小田急線の新原町田が一足先に町田に改称したが、町田駅の小田急と横浜線の関係は、かねてから離れていた両者が1980年に国鉄側が小田急側に歩み寄る・・・つまり移転する事により乗り換えの不便さを少しでも解消という事で、ある意味「一心同体」的になったといえよう。そして移転と同時に国鉄も町田と改称し現在に至っている。
そんな都会のやり取りの裏で「元祖」町田はマイペースに自身の業務をこなしていた。と言っても駅員無配置であったろう一面一線の地味な駅では、都会の駅と駅名の重複など気にしていなかったのかも知れない。実際に重複していた期間は約4年くらいで、つまり原町田から町田に改称した4年後に宮原線が廃止され、横浜線と小田急線の町田が「本家」となったのもこの時期であった。と前置きが長くなってしまったが、やはり私は神奈川県民のため現在の町田に馴染みはある。と言っても町田駅の所在は東京都であるが・・・


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私は写真奥の方向からやって来た。町田駅は写真奥にある、という事は一度通り過ぎてしまったという事だ。遥か彼方にある歩道の先の白い小屋付近に町田駅がある。その歩道こそ、かつての宮原線の線路であった。

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その小屋のある方まで足を運ばせるとその全貌が明らかになった。まさしくここが元祖・町田駅であった場所だ。ナビへの入力の正確さに自身でも驚いてしまったほど正確な位置を入力していて、そして案内されたのであった。

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「元祖」町田駅は国鉄時代の駅名標が現在もそのまま残っていた。それは決してモニュメント的ではなく自然の形で・・・かなり貴重な存在であろう。

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道路拡張工事をしたにも関わらず、よくぞここまで残してくれたと思う。また言ってしまうが、決してモニュメント的なものではなく自然の形で。当然ながら撤去しようと思えば余裕で出来たはず。関係者の皆様、ありがとうございます!


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集落から駅に向かうにはご覧の階段を登ってくることになる。かつて某書籍で見たことあるが、確か小さな待合室からこの階段につながっていたはず。こじんまりとした待合室であったはずであるが、もちろん現在は無い。

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本来、この駅に車で来るには旧道と思われる道からご覧の坂道を登って来ることになろう。駅は新たに造られた新道上にある。

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そしてその新道上にある町田から肥後小国方を臨む。ご覧の歩道がかつて宮原線の路盤であったと思われるが、この道路を車で走っているだけでも現役当時の宮原線の沿線風景を想像できるのが素晴らしい!


さて、今回訪問した「元祖」町田駅であるが・・・実に保存状態が良い!かつて宮原線であった場所は道路に転用されているが、そんな中でもこの町田は、その道路拡張工事でその存続が危ぶまれた感があった。しかし訪問してみると・・・ホームはともかく、駅名標もしっかりと国鉄時代のまま手付かずで現存していた!もちろんモニュメント的なものではなく自然の形で。当然ながら撤去しようと思えば簡単に出来たはず。だが、あえてそのまま残したのであろう。下手にモニュメント的にするより、むしろ自然のまま残すのがかえって難しいかも知れないが、この町田では見事にそれが実行されているような感じだ。私の訪問時はナビでしっかりと情報を登録したが見つけられず一度は通過してしまった。しかし引き返すとそこにはしっかりと現在の姿で私を待っていてくれたのだ。私がブログで表現するよりも、実際に皆様の目で確認した方が、もちろんその感動は大きなものとなろう。道路拡張工事があったにも関わらずここまで遺構が残っているのはある意味スゴい!


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