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冬の嵯峨野路を歩く

2016.01.28

冬の嵯峨野路を歩く はコメントを受け付けていません。

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

祇王寺を訪れた後、近くの滝口寺や檀林寺には寄らず帰宅することにしました。朝からの大雪もこのあたりではほとんど融けかかっていました。今日は歩きながら目についたものを紹介します(祇王寺へ入る少し手前からです。)

「博物館さがの人形の家」 昭和63年に開館された日本で唯一の古人形専門の博物館です。

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常設展以外に、2月25日(木)~4月3日(日)には春季展が開催され、宮廷の雛・公家雛・町雛・立雛など江戸期より現代までの多種類の雛人形が展示されるそうです。

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「水神大神」 創祀や由緒等は不明ですが、地元では五穀豊穣をもたらす「水神さん」と呼んで信仰されてきました。

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社殿はなく、祭神の水神大神以外に右の方に沢山の石碑(神体)が祀られています。背後の盛り土は古墳で右の穴はその玄室の入口ではないかといわれています。

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「浄土宗證安院(しょうあんいん)」 観音様は洛西三十三カ所の札所になっています。昨年竹藪を開墾して数百株のさつきを植え、かって「さつき寺」と呼ばれた昔に負けない庭ができたそうです。

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「妙祐久遠寺(みょうゆうくおんじ)」 顕本法華宗の寺で、かつて下京区にありましたが、1914年に上行寺(東山区)と合併して現在地に移りました。

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「二尊院」の前を通ります。

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「長神の社」 季節の草花が植えられた憩いの公園で、小倉百人一首のうち新古今集、詞花集から選ばれた19首の歌碑があります。長神とはこのあたりの古い地名だそうです。

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左手に天龍寺塔頭・弘源寺の境外墓地があります。

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そこには「去来の墓」があります。去来は芭蕉門下でこの地に庵を結び落柿舎と名付けましたた。この墓は重厚が明和年間に落柿舎を再建した後に造られたものです。

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墓地の隣の「西行井戸」 西行法師がかってこのあたりに庵を設けたときにつかったとされます。左に西行の歌「牡鹿なく小倉の山のすそ近みただ独りすむわが心かな」の歌碑があります。

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落柿舎前の畑にきました。二尊院からこのあたりは小倉餡発祥の弛とされ、畑の隅には「小倉大納言 実験農場」の立て札もあります。

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日本で初めて小豆と砂糖で餡が炊かれたのは平安時代初め(820年)のことでした。当時, このあたりの小倉の里に和三郎という菓子職人がいて、せんべいを作って いました。「嵯峨天皇皇女・有智子親王の墓」

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彼は809年に空海が中国から持ち帰った小豆の種子を栽培して、それに御所から下賜された砂糖を加え煮つめて餡を作り、毎年御所に献上したそうです。「落柿舎」

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その後和三郎の努力で、洛西を中心に小豆が広く栽培され、江戸時代には茶道の菓子に用いられ,、特別な日の庶民の料理にも加えられるようになりました。この畑は京都市が買い取って、昔ながらの景観を保存しているとのことです。

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朝からの大雪がウソのように青空になりました。正面には月が出ています。

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「土佐四天王像」 元治元年(1864)坂本竜馬が中岡慎太郎を伴い、長州本陣が置かれた天龍寺の来島又兵衛と久坂玄瑞を訪ねたといいます。像は右から中岡慎太郎、坂本龍馬、武市瑞山、吉村寅太郎。

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上の銅像は「龍馬の時代 幕末浮世絵」の著者・宗蜻蛉氏が建立、製作は江里敏明氏です。

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「寿庵」 京都の小物雑貨の店で、和菓子風のロウソクや風呂敷などもあります。

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嵯峨市営住宅の前を通ると、雪で覆われた比叡山が見えました。

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右は清凉寺の北の竹林

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「開運毘沙門天」 甘春堂嵯峨野店の前にあり、正面のお堂に毘沙門天が祀られています。

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左の鳥居の先には「吉崎稲荷大明神」が祀られています。神仏合わせて、商売繁盛、五穀豊穣にご利益があるとされます。

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