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雪の法輪寺

2016.01.23

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目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

渡月橋を渡り、嵯峨街道を下るとすぐに法輪寺の入口があります。手前は駐車場への車道です。雪が降りしきる中での撮影でしたので、何回拭いてもレンズに雪がついてしまいます。

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「法輪寺」は、山号を智福山といい、真言宗五智教団の寺院です。(こちらの「轟橋」を渡るのが参道です。山門は右の方向にあります。)

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このあたりには、約1800年前の邪馬台国の時代に三光明星尊を祀った「葛野井宮(かずのいぐう)」という社があったそうです。山門

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中国から渡来した秦氏一族は、当初深草を拠点としていましたが、後にこの地に移住しました。葛野井宮を一族を守護する祖神として信仰し、この地で農耕、機織、酒造などの産業を発展させました。

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奈良時代の和銅6年(713)、この場所に勅願により行基を開山として「木上山葛井寺」が建てられたのが法輪寺の起源とされます。(本堂)

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平安時代の天長6年(829)空海の弟子道昌が虚空蔵菩薩像を安置して寺を再興して、法輪寺と称しました。梅の木の下に「狛牛」

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桜の木の下に「狛虎」

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本堂には本尊の虚空蔵菩薩(嵯峨虚空蔵)を祀り、智恵・福徳の仏様として信仰されています。平安時代の僧・道昌の作とされ、日本三虚空菩薩像の一つだそうです。

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「賓頭盧(びんずる)」は十六羅漢の第一で神通力を得ました。ところが、それをもてあそんだため釈迦にしかられ、涅槃を許されず釈迦入滅後も衆生の救済を命じられました。こんな日もお堂に入れてもらえません(なで仏とされています)。

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平安時代の初め、幼くして帝位についた清和天皇が数え年の十三歳になったとき、成人の証として法輪寺で勅願法要を催したそうです。(本堂から振り返って)

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そこから、成人儀礼として法輪寺の虚空蔵菩薩に詣で智恵を授かる十三まいりが行われるようになりました。

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「多宝塔」 本堂に向かって左手にあり、昭和11年(1936)に再建されたものです。

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参道石段を上った右手にある「狛山羊」 虚空蔵菩薩の使いだそうです。

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境内北にある柵の向こうは舞台(見晴らし台)になっています。

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この日は門が閉まっていて舞台に行けません。天候の悪い日は安全のため閉鎖されているようです。

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部隊からは渡月橋を真下に見下ろし、京都市内が一望できます。また、五山送り火の夜は開放されるそうです。

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柵の間から覗くと、かろうじて双ヶ岡が見えました。

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2月8日針供養法要、3月10日芸能上達祈願祭、3月13日~5月13日春の十三まいりが行われます。

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ところで、十三まいりの帰路に「(渡月橋を渡るまでに)振り返ると授かった智恵を返さなければならない」という言い伝えがあります。ただし、車道を通らなければならないので、現在でもこの言い伝えが守られているかどうかは分かりません。

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石段を下りる時は滑りそうで、ちょっと怖かったです。

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石段の途中に「電電宮」への道があります。電気と電波を守護する鎮守社で、神仏習合では明星天子(三光明星尊)と同一視された電電明神を祀ります。

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