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男鹿駅の人情(後編)

2016.01.20

男鹿駅の人情(後編) はコメントを受け付けていません。

さて、私は男鹿線を制覇するため特急「鳥海」で秋田駅に18時30分に到着した。羽後本荘からの乗車で矢島線(現在の由利高原鉄道)制覇後の話だ。だが、私は若干気持ちがブルーであった。なぜだろう・・・それは。最初からこの旅の計画段階時点で「駅寝」が決定していたからだ。その理由は「角館線」にあった。角館線と言えば現在の秋田内陸縦貫鉄道であるが、当時はまだ松葉~比立内が未成線であり、それこそ現在の姿が信じられないくらいであった。つまり角館~松葉間は、いわゆる「ローカル線」の典型的な姿であり1日3本の列車しか設定されておらず、その乗車チャンスは朝か夕方に限られていた。そのため自分の予定を「角館線に合わせる」ことしかできず、自身の主張がほぼ認められない状況であった。

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(男鹿線制覇唯一の証となってしまった入場券。傍から見たら一枚の紙きれかも知れないが、私にしてみたらこの一枚に沢山の思い出が詰め込まれている。)

田沢湖線との接続や、自身の制覇ルートのやりくりを散々検討してもこの角館線がネックとなり、結局朝の便を使う意外に方法が見つからなかった。そのため大曲や角館などで「始発まで待たせてもらう」以外、東北の旅計画自体が組めなかったのだ。もちろん、現在の私が当時にタイムスリップし同じ東北の旅を企てたのなら他に方法が見つかったであろうかもしれないが・・・

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(今回の男鹿線訪問の際の写真が全く無かった為、少々ウィキペディアの力を借りた。追分駅は奥羽本線と男鹿線の分岐駅であるが、どちらかというと秋田のベットタウン的存在であるため「生活」のカラーが濃い印象だ。)

とは限らないが、結局大曲駅に宿泊する事に決め男鹿線に乗り込むことにした。秋田を出るとやや日が暮れてきたが、やはり今夜の「宿泊施設」が気になる。というのも「ノーアポ」のためだ。というより、そもそも駅に寝るのにアポを取るのがおかしい話かも知れない。そんな事を考えていた印象しかない男鹿線であるが、こうして男鹿線の記事を書いていても男鹿線の事が殆ど出て来ないのが不思議だと自分で思う。だが、終点の男鹿に着き、この駅の印象が現在まで忘れない柔らかな思い出が残る素晴らしい時間帯となった。

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(こちらもウィキペディアよりの写真である脇本駅であるが、私はこういった「世間的には地味」な駅が非常に興味ある存在だ。って、私の感性は若干特殊であろうか・・・)

改札では初老の紳士が応対していた。「おっ、(東北ワイド)周遊券か。どこから来たの?」と話しかけてきた。「神奈川県からです」みたいに会話が交わされた。駅の写真などを収め再び駅舎内に戻ると切符売り場にその職員はいた。「そういえばこの辺りって銭湯ってありますか?」ときいいてみると細かくその場所を教えてくれた。更に衣類の洗濯的な事も尋ねてみると「コインランドリーとかはないなぁ・・・この辺は東京と違うからね。」と丁寧に教えてくれた、みたいに次々と会話が弾んでいく。さすがに「大曲とか角館で駅寝のアポとってもらえますか?」とは聞けなかったが・・・そして、最後には「じゃぁ、この荷物預かっていただけますか?」と銭湯に行くために荷物を駅員に預けたのだ。
かつて駅には「手荷物一時預所」みたいな窓口があった。現在ではコインロッカーがその役割をしているが、昔はそんな窓口があり、言わば有人コインロッカー的な感じであった。駅員との会話でかなり親しくなったため、荷物を預け銭湯に行こうと駅員に渡したが、さすがに料金はしっかりと徴収された。まぁ、当たり前と言えば当たり前であるが・・・という訳で予定していた折り返しの列車を1本遅らせ銭湯に向かった。

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(そして男鹿駅。1983年の今回の旅においての義理人情は、感受性の高い当時のティーンエイジ的な私には非常に影響力の大きいものとなった。そして、ブランクこそあるものの、私の旅のスタイルを決定づける旅でもあった。ちなみに画像はウィキより。)

予定の列車でも1本送らせても結局大曲に行く時間は変わらない。この東北の旅では宿的な事も含め全てが列車の中で過ごす行程となっているが、計画段階から駅寝があるのはブルーな気持ちであった。しかしながら気さくな男鹿駅職員のお陰でややあたたかい気持ちとなって大曲に向かう列車に乗る事ができた。東北特有の人情・・・そしてあたたかさ。そう、私が男鹿線の印象を振り返ると必ずこの男鹿駅の駅員を思い出すのだ。1983年東北の旅は実に多くの人情に触れた感じであった。そして、夏だというのになぜかそのあたたかさが心地よく、小さなそよ風となって私の旅の1ページを何気なく添えていった。


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