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西園寺 寺町通の古刹

2016.01.15

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目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

寺町通は北の紫明通がら南の五条通までの南北の通りで、秀吉の京都改造によってその東側に寺院が集められました。昨年暮れから、北から上善寺と天寧寺、今出川通から南へ本禅寺と清浄華院を記事にしました。今日は天寧寺の南の西園寺です。

「西園寺(さいおんじ)」は、宝樹山竹林院と号する浄土宗の寺です。

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鎌倉時代の元仁元年(1224)、藤原公経(きんつね)が衣笠山の麓に、山を背にして池を造りそのほとりに、本堂、寝殿などの壮麗な堂宇を建てて西園寺と称したのが始まりです。

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以来寺名が子孫の家名となり、西園寺は北山山荘(北山殿)として引き継がれました。本堂の正面に西園寺公望(きんもち)の筆による寺号の扁額を掲げています。本尊の阿弥陀如来坐像」(重文)は鎌倉時代の作で、北山殿から遷されたといいます。

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室町時代には足利義満が北山第(鹿苑寺、金閣寺)を造営する際に北山殿の地を望み、西園寺は室町(上京区)に移転しました。、

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さらに安土桃山時代の天正18年(1590)秀吉によってこの地に移転させられました。現在の本堂は、天明の大火(1788)後の再建です。

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山門を入った左にある「地蔵堂」と「稲荷社」 地蔵堂には、北山殿の西園寺にあった、功徳蔵院(くどくぞういん)の遺仏と伝えられる「槌留地蔵(土止地蔵)」を安置しています。鎌倉時代作とされます。

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江戸時代の寛文年間(1661-1673)、土止地蔵(槌留地蔵)は霊元天皇の命により、僧・宝山が六地蔵以外の48か寺の地蔵尊を選んだ洛陽四十八願所の霊場のひとつになりました。

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稲荷社

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地蔵堂の横(本堂の前)にある庭 ちょっと変わった石積みです。この前を通って、境内北側(本堂の左手)に向かいます。

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「法然上人の若き日の修行像」 西園寺は初め真言宗の寺院でしたが、その後浄土宗に改められました。

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境内北の道は庫裡や墓地まで続いています。

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「辨天堂」 西園寺家は天皇、上皇に琵琶の秘曲を伝授してきた宗家で、公経の北山殿の妙音堂に弁財天が祀られていたといいます。明和6年(1769)西園寺邸の移転と共に妙音堂は現京都御苑内に移され、その際にこちらにも辨天堂が建立されました。

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音楽の神様としても信仰されている「妙音弁財天」(市杵島姫命)を祀っています。

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「開山堂」 西園寺公経の僧侶姿の木像を安置しているそうです。

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正面の石像

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新しく奉納されたもののようです(法然上人像?)。

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墓地の入口 西園寺公経、西園寺公衡、茶人・久田宗全、下鴨社祠官・歌人の梨木祐之・祐為 、国学者・神道家の鴨祐之、女流漢学者の若江薫子などの墓があります。

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108羽?

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左が庫裡

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「十三重塔」 もう一度本堂の前に戻って、右手にあります。

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梵鐘(京都明治文化財)は太平洋戦争中の金属供出によって没収され、岡山県の銅精錬所に送られました。

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ところが、溶解直前に終戦を迎え寺に戻されました。梵鐘には、銅精錬所で材質検査の際に穿たれた四つの穴が見えます(縦に並んでいます)。

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