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清浄華院 皇室ゆかりの浄土宗大本山

2016.01.08

清浄華院 皇室ゆかりの浄土宗大本山 はコメントを受け付けていません。

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の記事の本禅寺を出て寺町通を南に行くと、すぐに清浄華院の勅使門が目につきます。寺伝によれば称光天皇が阿弥陀堂を再建した際に寄進されたのが始まりと伝えています。

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「清浄華院」は浄華院ともいい、浄土宗四大本山の一つ、法然上人二十五霊場の二十三番札所です。こちらとTOPの写真は「総門」(高麗門)で、天明の大火以降に再建されたものです。

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清浄華院は、平安時代の貞観2年(860)清和天皇の勅願により慈覚大師円仁が創建した禁裏内道場が始まりとされます。当初は延暦寺と同様に天台4宗兼学の道場でした。

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平安時代末(1175年)浄土宗に傾き比叡山を下りた法然は当院を宿舎とし、後に後白河・高倉・後鳥羽の3天皇から帰依を得て、この道場を賜り浄土宗寺院に改めたとされます。(突き当りの左にある「大殿」)

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室町時代には皇室や公家・幕府の帰依を得て浄土宗の筆頭寺院となり、現在も浄土宗大本山の一つとなっています。(法然上人の御影を祀っているので「御影堂」とも呼ばれます。)

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法然上人像は、後白河法皇より当院を賜った42歳の姿を自ら刻んだと伝えられ、精悍な壮年期の像は珍しいそうです。

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大殿を出て左(総門の正面)に寺務所の「是心堂」があります。

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浄土宗の教義を「三部仮名抄」などの著作にまとめ、その発展に貢献した第5世向阿是心上人を祀ります。2階の仏間には勢至菩薩坐像、向阿上人とその師匠の礼阿上人像、金比羅・秋葉権現像などを安置しています。

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清浄華院の大方丈は比較的内向きの法要を行うお堂で、'阿弥陀堂の元本尊だった阿弥陀三尊像を安置しています。、

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中尊の阿弥陀如来坐像は平安時代後期11世紀頃の恵心僧都源信の作と伝えられます。両脇侍の観音菩薩・勢至菩薩像は、「大和座り」と呼ばれる珍しい座り方をしていて、正座のように足を曲げる様子は、衆生をお迎えに来る様子を表すとか。

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「小方丈」 生活空間になっていて、団体詰め所、応接間、浴場、職員宿舎なども連結しています。座敷からは小埜雅章氏作庭の「浄土の庭」とも呼ばれる「光明?照の庭」を臨むことができます。中庭には茶室・清華亭」もあります。

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「阿弥陀堂」 塔頭・松林院の本堂を改築して、その阿弥陀如来坐像を祀ります。松林院は後伏見天皇の皇孫での敬法上人が創建した塔頭で、江戸時代は勅願所として別院の扱いを受け、皇族や公家に多くの檀家がありました。平成15年に清浄華院に統合され、松林院は廃絶しました。

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幕末には京都守護職を務めた松平容保が逗留し、近藤勇らが訪れました。建物は宮内省より下賜された二条城饗応所の部材を使っています。現在、佛教大学の浄山学寮(宗門後継者養成道場)の教室としても使われているそうです。

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「智満姫供養塔」 智満姫(お千万の方・春光院)は公家の堤公長の娘で、薩摩藩8代藩主・島津重豪の側室となり、後に9代藩主となる島津斉宣をもうけます。斉宣七男の島津忠剛の娘が天璋院篤姫なので、智満姫は篤姫の曾祖母に当たります。

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「蜂須賀桜」 阿波徳島藩蜂須賀家の居城、徳島城ゆかりの桜で、NPO法人「蜂須賀桜と武家屋敷の会」が徳島藩ゆかりの社寺として平成23年に植樹したものです。清浄華院には徳島藩7代藩主・蜂須賀宗英の墓がある縁です。

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「山王権現社」 山王権現は坂本の日吉大社に祀られる神で、延暦寺や天台宗の守護神として祀られます。この山王権現は円仁が禁裏内道場の守護神として勧請したものだそうです。

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「天明大火供養塔」 天明8年(1788)正月30日に鴨川東岸の宮川町で発生した火事は、折からの強風に煽られて鴨川を渡り、京都市街の大半を焼き尽くす大火災となりました。二条城や御所も類焼し、清浄華院も伽藍のほとんどは焼失してしまいました。

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清浄華院では早くも2ヵ月後の3月24日から大火の犠牲者の供養のため、7日間にわたる別時念仏と施餓鬼会という大法要を行い、この五輪塔を建立しました。後の元治の大火(1864)や東日本大震災のときもこの前で犠牲者の供養が行われたそうです。

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「立入宗継旌忠碑」 立入宗継は戦国時代から安土桃山時代にかけての商人で、禁裏御所の財政を担う禁裏御蔵職も務め、戦国の混乱から朝廷の権威復興に尽力した人物として知られています。正親町天皇の使いとして織田信長の上洛を促したことでも知られています。

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明治期になって、宗継は尊王家の一人として再認識され明治31年(1898)その功績を讃えて従二位の位が贈られます。この碑はそれを記念して、宗継の墓のある清浄華院の境内に建立されたものです。(向こうに「納骨堂」が見えます)

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境内の北(大殿の裏)に来ました。向こうの「東門」(薬師門)は河原町通に面しており、延宝4年(1676)の棟札がかかっています。この棟札のとおりであれば清浄華院の現存する最古の建物とです。左側に塔頭3院があります。

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梵鐘は江戸時代初めの慶長15年(1610)に造られ、銘文には大坂堺の阿弥陀寺住職旭蓮社良道和尚の発願、近衛殿北政所心光院が大施主となって鋳造され、正親町天皇などの名前も見えます。現在は朝夕に浄山学寮の学生たちによって撞かれているそうです。

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手水堂

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「地蔵堂」 江戸時代には境内南西角に地蔵院という塔頭があり、その地蔵菩薩は「染殿地蔵」の名で、子授け・安産・子育ての信仰を集めていました。堂内には閻魔王坐像や石薬師も祀られています。平成23年に総門南脇殿を地蔵堂として再建されました。

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「不動堂」 むかし、西山浄土宗の祖・証空が師の臨終の際に身代りになろうとしたところ、日夜信仰する不動明王が証空の身代りになって師を救ったという逸話があり、江戸時代には身代り厄除けのご利益で知られる「身代り不動」の信仰が盛んになりました。

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現在の不動堂は総門北脇殿を転用して再建されました。多くの浄財を集めて仏師/僧侶の信行堂・菱田信行師によって二メートル近い(半丈六)不動明王坐像が制作され、「泣不動尊」として安置されています。

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