村崎一徳による神社、お寺、お城などの写真や風景写真など旅行写真まとめ

イルミナイト万博-Xmas- 『岡本太郎さんの芸術論を斬らせていただきます。』

2015.12.27

イルミナイト万博-Xmas- 『岡本太郎さんの芸術論を斬らせていただきます。』 はコメントを受け付けていません。

miniさん に「イルミナイト万博-Xmas-」を教えてもらったので行ってきました♪(ありがとうございます!)
イルミナイト万博-Xmas-は今日(12月27日)までです。

イルミナイト万博 Xmas

太陽の塔は、1970年のEXPO'70・大阪万博)のシンボルとして建てられました。
「芸術は爆発だ!」で知られる岡本太郎さんの代表作ですね。

イルミナイト万博 xmas2 

岡本太郎さんの芸術論「日本の伝統(知恵の森文庫)」を読みました。
岡本さんは素晴らしい芸術家だと思います。
ですが申し訳ないのですが、この芸術論は同意しかねました。

この本の中で岡本さんは『古都遍歴』を著した竹山道雄さんの文章を批判しておられます。
岡本さんが批判したのは法隆寺の中門について記した竹山さんの次のような文章です。

「この路をまっすぐに行けば、あの中央の柱につきあたってしまう。
行く手の門は、なかば人を通すようでもあり、通さぬようでもある。
門でありながら塞いでいる。
招じ入れる入り口でありながら拒否している。
・・・・さながらこういっているかのようである。
ここは門である。しかし、なんじがこれを入ることはできぬ。」
(竹山道雄『古都遍歴』より引用)


岡本太郎さんはこれを次のように批判されています。

いったいこの先生は、どんな仕かけの門をほかに知っているというのだろうか。
ただの開放的な通路にはふつう門はつけないものです。
だからとうぜんあらゆる門が閉鎖をも暗示している。
どんな門だって、招くと拒否するという二重の機能をそなえています。
それが門というものなのです。
(こんなバカバカしい説明をしなければならないとは!)
(岡本太郎『日本の伝統(知恵の森文庫)p48より引用)

一般的な門は奇数間に造られます。
しかし法隆寺の中門は一般的なものとは違い、偶数間で作られています。
そのため、門の中央に柱があるという珍しい構造になっています。

法隆寺 中門 五重塔法隆寺 中門
 
竹山さんは法隆寺中門の特殊性に着目したわけですが、
岡本さんは門の中央に柱があろうとなかろうと、柱ごときに意味などないと思っておられるのかもしれません。

しかし、私は竹山さんの観察眼と感性のほうを支持します。

梅原武さんは著書『隠された十字架』において、『門に柱を立てれば閂である』として、法隆寺は聖徳太子の怨霊封じ込めの寺であるとされました。
聖徳太子の子孫は蘇我入鹿に攻められて全員法隆寺で首をくくって自殺し、聖徳太子の血は絶えてしまいました。
そのため聖徳太子は怨霊になったのではないかというのですね~。

イルミナイト万博 xmas 3

法隆寺西院の本堂には日本最古の四天王寺像が、東院・夢殿には聖徳太子等身大の像とされる救世観音像があります。

仏像の光背は足元に立てた棒にとりつけるのが一般的ですが、法隆寺の四天王像や救世観音は光背が頭に直接打ちつけられています。
梅原武氏は四天王像や救世観音は怨霊封じのために光背が頭に打ちつけられてるのではないかとおっしゃっています。
丑の刻参りで藁人形の頭に釘を打ち込むのとおんなじではないか、というのです。

また、救世観音は長い間秘仏とされとって、救世観音を安置する夢殿はあけると大地震がくると怖れられて長年開扉されたことがありませんでした。
明治になってフェノロサが夢殿を開いたとき、法隆寺の僧侶たちは大地震がくると怖れて逃げていったそうです。

竹山氏は法隆寺の門に『参拝者の拒否』を感じておられますが、梅原氏の説によれば法隆寺の門は『聖徳太子の怨霊が外に出ることを拒否』する門だということになります。

そうではありますが、法隆寺の門の呪術的仕掛けに気づいた竹山氏の感性はたいしたものだと思うのです。


ガンダム 

ららぽーとエキスポシティにはガンダムとシャア専用ザク(あってます?ガンダム見たことないんで~)がいました。
かっこいいですね~♡


いつも応援ありがとうございます♪

にほんブログ村 写真ブログ 近畿風景写真へ
にほんブログ村

にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
にほんブログ村





村崎一徳について
わたくし村崎一徳は、
お寺やお城、神社、昔の住宅、教会、宮殿、寺院、修道院、御所、駅、駅舎、公園、庭園、空港、劇場、劇場・映画館・演芸場・観覧場・公会堂・集会場、ホテル・旅館、工場、下宿・寄宿舎、倉庫、博物館・美術館・図書館などの建造物や工芸品,彫刻,書跡,典籍,古文書,考古資料,歴史資料などの有形の文化財など歴史がある物が大好きなわたくし村崎一徳がデジカメ片手に全国を旅しながら写真を紹介しています。
古く歴史を感じることが大好きなわたくし村崎一徳は奈良時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代、安土桃山時代、戦国時代、江戸時代、幕末、明治時代、大正時代、昭和時代までいろいろな時代のものを散策しています。
北は北海道から南は沖縄まで色んな観光地を訪ねながら、風景や建造物の写真を紹介中です。主に関東圏をまわっていますが、お金と時間に余裕がある時は気合い入れて遠出しています。 これまで行った場所は・・・
函館の夜景、小樽運河、知床五湖、金森赤レンガ倉庫群、五稜郭跡、摩周湖、襟裳岬、札幌時計台、十和田湖、小岩井農場、盛岡、鳴子温泉、角館町 武家屋敷、全国花火競技大会、銀山温泉、川越「時の鐘」、東京ディズニーランド、東京ディズニーシー、靖国神社、秋葉原電気街、新宿御苑、明治神宮、昭和記念公園、三鷹の森ジブリ美術館、浅草寺、浅草周辺、葛西臨海水族園、東京国立博物館、恩賜上野動物園、上野東照宮、山形県最上郡の堺田分水嶺、東京タワー、東京スカイツリー、アメ屋横丁、横須賀三笠公園、戦艦三笠、横浜氷川丸、中華街、元町、上野東照宮、日光東照宮、鎌倉大仏、箱根関所跡、箱根登山鉄道、箱根海賊船、箱根湯本、小田原城、江戸城、小江戸川越、鶴岡八幡宮、鎌倉五山、善光寺、川中島古戦場、松本城、旧中山道、南木曽町、妻籠宿、馬籠宿、松本城、名古屋テレビ塔、東山動植物園、熱海温泉、伊東温泉、富士山、鹿苑寺(金閣寺)、三千院、慈照寺(銀閣寺)、八坂神社、大徳寺、南禅寺、祇園新橋、妻籠宿本陣、馬籠諏訪神社、戦艦陸奥、自由の女神、お台場、熊谷家住宅、建長寺、長谷寺、船の科学館、真如堂、知恩院、鞍馬寺、平安神宮、太秦映画村、清水寺、三十三間堂(蓮華王院)、東福寺、北野天満宮、産寧坂(三年坂)、龍安寺、妙心寺、渡月橋、二条城、京都タワー、教王護国寺(東寺)、伏見稲荷大社、宇治橋、平等院鳳凰堂、東大寺、奈良公園、興福寺、唐招提寺、法隆寺(斑鳩寺)、唐招提寺、原爆ドーム、厳島神社、岡山城、後楽園、瀬戸大橋、萩市、熊本城、本妙寺、細川刑部邸、岩国城、長門峡、関門橋、小倉城、スペースワールド、太宰府天満宮、博多どんたく、吉野ヶ里遺跡、唐津城 (舞鶴公園)、聖フランシスコザビエル記念聖堂、ハウステンボス、オランダ村、黒島天主堂、島原城、平和公園、グラバー園、長崎原爆資料館、浦上天主堂、八千代座、通潤橋、水前寺公園、阿蘇山、阿蘇火山博物館、阿蘇カルデラ、阿蘇大観峰、肥後本妙寺、火の国祭り、頓写会、阿蘇草千里、二の丸公園、別府温泉、湯布院、桜島、西郷隆盛銅像、美ら海水族館、琉球村、首里城公園、ひめゆりの塔、平和記念公園、座間味島、那覇、国際通り、海軍壕、那覇空港、万座岬、ホエールウォッチング・・・などなどです。
わたくし村崎一徳は他にもどんどん行く予定です。
ただ、全部は回れないので、他の旅人さんの情報をまとめたこのサイトを作る事で全国を旅した気分になれるようなそんなまとめサイトを目指したいと思います。決して著作権を侵害する目邸ではありません。 できえば他のブロガーさんや旅人が足を運ばないような、あまり知られていないマイナーな場所にも足を運びたいと考えています。
個人的に今興味があるのは戦前、戦中の数少ない遺跡などが見たいと思います。そういうスポットでおすすめとろこなんていうのがあれば情報交換とかもしたいですね。そういう意味でもコメントなども随時受け付けています。村崎一徳と一緒に地方のマイナーなスポットを盛り上げましょうww
よろしくお願いします。

関連記事

コメントは利用できません。

当サイトについて

日本国内の寺院や神社、お城、歴史建造物などの名所巡り、撮り鉄、乗り鉄などの情報ブログなどのまとめサイトです。

当サイトについての詳細

管理人についての詳細

オリジナルカテゴリー

フォト蔵

村崎一徳のコンデジ旅行日記

RSS Feed Widget

Twitter

動画

アクセスランキング