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落柿舎 2015秋

2015.12.23

落柿舎 2015秋 はコメントを受け付けていません。

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

秋の嵯峨野散策の最後は落柿舎です。今年の秋は2度訪れ、ほとんどの写真は最初(11月20日)のものです。紅葉は少ないのですが柿がいっぱい実っていました。一部紅葉の写真は12月12日に訪れたものです。

「落柿舎」(らくししゃ)は江戸時代の元禄年代の俳人、向井去来の遺跡です。

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いつも蓑と笠がかけてありますが、かっては庵主の在庵と不在を示していました。蓑笠がかけてあったら在庵、なければ外出中というしるしでした。

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去来は芭蕉ばしょうの門人で、芭蕉の言葉に「洛陽に去来ありて、鎮西に俳諧奉行なり」と称 えたそうです。台所には、井戸と釣瓶 、竈、流しなどがあります。

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去来が落柿舎を営み徘徊道場としたのは江戸時代の貞享4年(1687)以前とされます。

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芭蕉が初めて落柿舎を訪れたのは元禄2年(1689)で、元禄4年に訪れたときには大堰川、臨川寺、小督局の塚などを訪れ「嵯峨日記」を著しました。

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元禄7年(1694)に訪れたときには、「六月や峯に置くあらし山」と詠んでいます。

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元禄17年/宝永元年(1704)に去来が亡くなった後、庵は荒廃し場所も分からなくなったそうです。

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明和7年(1770)京都の俳人・井上重厚が嵯峨野(天龍寺塔頭・弘源寺の跡地)に庵を再建しました。。その後、弘源寺の老僧の退隠所となって「捨庵(すてあん)」と呼ばれました。(こちらは北にある「次庵」。)

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明治時代になって(1868年頃)有志により現在の場所に庵が復興され、明治25年(1895)には弘源寺の旧捨庵を移築して現在の建物になりました。

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敷地内には去来、芭蕉をはじめとして10近くの句碑が点在していますが、一つだけ。「五月雨や色紙へぎたる壁の跡」(芭蕉)

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『嵯峨日記』の最後の句で、去来と落柿舎に対する芭蕉の親愛の情がよくわかるといわれています。

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落柿舎の名前の由来はよく知られていますが、一応書いておきます。

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去来の庵の庭には柿の木が40本もあったそうです。ある日、都から柿買いの商人が来て、一貫文を去来に渡し、柿の実を買う約束をして帰りました。

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ところがその晩暴風に襲われ、去来が寝ていると、柿の実が落ちて屋根の上をコロコロと音を立てて転がり、庭に落ちてびしゃびしゃっとつぶれる音が夜通し続きました。

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翌日商人が来て、実がほとんど落ちてしまった柿の木を見て、「私は白髪の生えたこの年まで柿の実を商売にしてきましたが、これほど実が落ちた柿の木を見たことはありません。申し訳ないが、昨日のお金を返してはくれませんか」

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と詫びながら頼むので、去来は気の毒に思って金を返してやったそうです。

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この商人が都に帰るとき、去来が友人宛ての手紙を届けて欲しいと頼み、手紙に「落柿舎の去来」と書き記しました。

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その手紙の最後に「柿主や梢はちかきあらし山」の句を書き加えたそうです。

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