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福岡城址と大濠公園

2015.12.25

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旅行日:平成27年10月5~8日・前②
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 鴻臚館跡を見物した後は,福岡城址の遺構を見ていく。城址は城の雅称にちなんだ舞鶴公園として整備されている。
 鴻臚館跡があった三ノ丸から旧東御門を抜けて二ノ丸へと進む。
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 二ノ丸もラグビー場や野球場が造られ,周囲を縁取る石垣を除いては遺構が少ない。
 もう一段高まった本丸の隅に建つ祈念櫓を見上げる。
 祈念櫓は城の鬼門の方角に位置し,鬼門封じのために建てられた。万延元年(1860)の建築で,大正7年(1918)に八幡市(現在の北九州市八幡東区)に創建された大正寺に移築されたが,昭和58年に当地に戻ってきた。ただし,最初の移築時に大幅な改変を受けており,全体的に小さくなっているようだ。確かに,石垣の規模に較べると,規模の小ささは否めない。ちょこんと乗っかっている。
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 福岡城は江戸時代初期に黒田長政によって築城された。
 筑前国支配の城としては小早川隆景,秀秋の名島城があった。慶長5年(1600)に関ケ原の戦いののち,その論功行賞により秀秋は備前国岡山に移り,代わりに豊前国16万石から筑前国52万石に大幅加増された長政がその城に入った。
 名島城は現在の福岡市東区の半島状の丘の上にあり,三方を海に囲まれた城であった。乱世にあっては防御上都合が良くとも,今後領国支配をしてゆく上では城下が狭くて城下町を作れないため,長政は父の孝高と協議し,城を福崎の地に移すこととなった。

 前記事でも述べたが,福崎は博多湾に突き出した丘陵地で,玄界灘を一望にする。また,貿易港の博多は那珂川を挟んだ西に位置し,大宰府方面への街道や湾岸を糸島方面に向かう唐津街道を扼することもできる。
 新城は慶長6年に着工し,同12年に完成をみた。名島城の建物や石垣はその際にことごとく新城に移された。また,長政の祖父にあたる黒田重政が近江国から備前国邑久郡福岡郷に移って拠点としたことにちなみ,福崎の地名を福岡と改めた。

  L字型の二ノ丸の一劃は梅林として整備されていた。今や日本中でアジア系の観光客ばかり見かけるが,福岡城址は欧米系の観光客が多い印象だった。
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 梅林で黒ネコと出合う。
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 城は北を博多湾,東を那珂川,南から西を肥前堀,紺屋堀,大堀,簗堀に限られ,周辺に侍屋敷や足軽屋敷が配置された。また,海岸部に寺院を配し,町人地としては職人町の大工町・鍛治町・西職人町・東職人町,商人町としては呉服町・魚ノ町・八百屋町が造られた。それぞれの町人の役割は,町の名前に窺い知ることができる。

 福岡城の普請奉行は黒田家家臣の野口一成が務め,大小47の櫓が築かれた。一成は大坂城築城にも関わり,石垣造りの名手であった。
 なお,天守台だけでその上に天守は築かれなかった。
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 天守台は展望台のように整備されており,市街を一望にできる。
 西側は大濠公園。築城前には草香江と呼ばれていた入り江であったが,築城に際して入り口を塞ぎ,大きな濠としたものである。
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 北側は博多湾。といっても,埋め立てやビルの増加によって,海まで見通すことはできなくなってしまている。
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 そして東側は天神を挟んで博多の街。藩としては博多の活気を福岡にも導くべく,博多での商業を制限して福岡に呼び込む政策を採ったりしたのだが,結局実ることはなく,政治の福岡と商業の博多という棲み分けが生まれた。
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 福岡藩は江戸時代を通じて黒田家が治めた。当初は藩主には長命の者が多かったようで,6代藩主の継高にいたっては51年間も藩主の地位にあった。藩主ごとの治世が長かったため,統治は比較的安定していたといわれている。
 しかし,天明の飢饉以降は財政が悪化し,手工業による収入増を目指すこととなった。福岡藩ではハゼやコウゾの栽培が奨励され,特にハゼを原料とする蝋が特産品として大坂などで売り捌かれた。

 裏御門跡を抜け,二ノ丸に戻る。
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 二ノ丸の南側には多聞櫓が残る。現存するのは嘉永6年(1853)から翌年にかけて建て替えられたものであるため,新しいと言えば新しいが,福岡城では貴重な江戸時代の建築である。
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 福岡藩の幕末の藩主は長溥で,鹿児島藩主島津重豪の九男であった。開国論を唱えて,洋式軍事力の増強を図ろうとしたが,家老の反対によって実現はしなかった。
 のちに鹿児島・熊本・長州藩との連携を深め,勤王派が台頭した。都から長州に逃れてきていた三条実美ら六卿を大宰府にかくまうなどしたが,これによって幕府の嫌疑を買うこととなり,一転して勤王派への弾圧が行われた。しかし,鳥羽・伏見の戦いで情勢が変わると,またも急転を見せ,奥羽への出兵を行った。

 舞鶴公園から道路を渡ると,大濠公園に入る。二つの公園が合わさって,市街地に宏大な緑地帯を形成している。
 公園内にある名島門は小早川隆景が築いた名島城の脇門とされる。名島城が廃城になって福岡に移った際,黒田家家臣の林直利の邸宅の門として移築された。廃城後は長崎に再移築されるところであったが,地元の代議士平岡浩太郎が買戻し,自宅の門としたのち,この地に移された。
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 名島門から園内の広い道を進めば,水辺に出る。
 “市民の憩いの場”という言葉がしっくりくる公園で,老若男女で賑わっていた。きょうは散策に快い天気でもある。
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 大濠公園は昭和2年に開催された東亜勧業博覧会の会場として造営された。この際に大堀の一部が埋め立てられ,会場に充てられた。現在の池は22.6万平方メートルあり,かなり大きく見えるが,さらに大きかったとは驚きである。
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個人的に今興味があるのは戦前、戦中の数少ない遺跡などが見たいと思います。そういうスポットでおすすめとろこなんていうのがあれば情報交換とかもしたいですね。そういう意味でもコメントなども随時受け付けています。村崎一徳と一緒に地方のマイナーなスポットを盛り上げましょうww
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