玉と湯の神が共に鎮まる玉作湯神社~初夏出雲行(27)←(承前)




眩しい陽光のもと、玉作湯神社を出発しました。
時刻は09:30ごろ。




花仙山産の出雲石で作られた勾玉が並びます。

別に撮影禁止でもなかったと思いますけれど、施設で私は写真を撮らなかったのですが、サチエは写メでしっかり押さえていました(笑)

チラッとお値段が見えている通り、数万円から数十万円もする高価なものです(泣)
数量限定とのことですから、オンラインショップでも、大きなものは販売していません。

いずもまがたまの里伝承館
Wikipedia/いずもまがたまの里_伝承館

この写真で、
平成24年、約50年ぶりに花仙山より採掘致しました

とある通り、2012年10月に約2トンのめのうの原石が掘り出されたとのことです。

松江市玉湯町は古墳時代から奈良・平安時代にかけて、勾玉や管玉などを作り出していた「玉」の一大生産地であったことが分かっており、「玉造」の地名もそのことに由来しています。
天皇の皇位継承の証 三種の神器(さんしゅのしんき・ぎ)のひとつ「八坂瓊勾玉」は、出雲・玉造の里(花仙山産)でつくられたものと伝えられています
いずもまがたまの里伝承館/「花仙山産」のめのうを使用した出雲型勾玉を販売

日本神話では、岩戸隠れの際に後に玉造連の祖神となる玉祖命が作り、八咫鏡とともに太玉命が捧げ持つ榊の木に掛けられた。後に天孫降臨に際して瓊瓊杵尊に授けられたとする
Wikipedia/八尺瓊勾玉




玉造一帯の地図。

この地図右手に花仙山があります。
標高199mという低山ですが、思いのほか眺望が良いとのこと。



花仙山山頂付近から望む宍道湖と松江の市街地

花仙山は奈良時代の733年に完成した出雲国風土記にも記された玉湯の温泉と玉作り双方の要を成してきた。花仙山が地下深くにある玉造温泉の熱源にふたをして閉じ込め守る構造になっている。さらに古来、深い緑色をたたえ「出雲石」と呼ばれて国内最高の品質を誇った碧玉(へきぎょく)をはじめメノウと水晶の豊かな「玉作山」(出雲国風土記)だった
山陰中央新報 - 悠久のくに(11) 出雲の玉作りと花仙山(松江市)



花仙山を北西からみる(写真提供:出雲玉作資料館)

「弥生時代末から平安時代にかけては勾玉(まがたま)や管玉(くだだま)の材料として,明治時代以降では装飾品や置物の材料として花仙山でめのうが採掘されてきました.採掘は昭和50年代まで行われていました.玉造温泉街東側の斜面のめのう採掘跡の穴の内部が整備されて,採掘することなく残されためのう脈(幅約60~50cm)が見られるようになっています」
山陰・島根ジオサイト 地質百選/出雲地方/花仙山のめのう脈



しかしながら意外にも、出雲地方の遺跡から出土する碧玉は、花仙山産でないものが多くあるということです。

出雲地方の弥生時代以降を主とする遺跡から,いわゆ る碧玉製品が出土する。その原産地を明らかにすることは古代史上重要な問題であることは明確である。
出雲地方では,玉湯町花仙山の安山岩中で,細脈として碧玉を産する。
これまで,ともすると,出雲地方のこれら遺跡から出土する碧玉を花仙山産のものであろうと単純に考えられがちであったが,出雲市西谷遺跡産碧玉の研究過程で, それが花仙山産のものとは異ると言う結論を得た」
「出雲は古来,碧玉その他を素材とした玉生産が盛んに 行われた地域の一つとして著名であるが,結果としてそ の時期はこれよりも後期になる可能性が大きい。この時期の大形の首長墓におさめられた副葬品が,地元産ではなく,他域域から持ち込まれた碧玉製品であったことは重要な意味をもつ
島根大学教育学部紀要/島根県玉湯町花仙山産碧玉の性質─三浦  清・渡辺貞幸



ちなみに花仙山では、めのうのカケラが結構落ちている!?そうです。
ここへも、一度は登ってみたいと思いました(苦笑)
ステンレススモーカーくん太郎/フォトギャラリー/めのうの原石探し



さて、私たちでは高価な出雲石の勾玉に手が出ませんので、原石を求めることにします。
その原石とは、勾玉を作る時に出る破片というか、マグロで例えると“切り落とし”の部分です。


いずもまがたまの里伝承館/オンラインショップ/出雲石


これはやはり、実際に見て触り、気に入ったものを選ぶことが肝心かと思います。
勾玉に比べるとかなりお手頃価格ですから、お奨めです。

簡単な加工ならその場でお願いできますから、サチエは必死になって選んだ石を、ペンダントにして貰うことにしました。

穴を開ける位置を決めると、30分ほどかかるということで、施設の北に隣接している宍道湖へと行ってみます。




湖畔へは、施設から直接に出ることはできませんでしたから、近所を少しウロウロすると道が見つかり辿り着けました。

Mさんとサチエ、記念撮影。
ピーカンの青空に、湖面も鮮やかに輝いています。




出雲国造から昇段を許された小泉八雲は、松江から小さな蒸気船に乗り込んでこの宍道湖を東から西へと進み、杵築大社へ出向いたということです。

───────────────────────────
この大気そのものの中に何かが在る──うっすらと霞む山並みや妖しく青い湖面に降りそそぐ明るく澄んだ光の中に、何か神々しいものが感じられる──これが神道の感覚というものだろうか。『古事記』の伝説で心がはちきれそうな私には、この蒸気船の音までが神を言寿ぐ祝詞のように聞こえる──

コト・シロ・ヌシ・ノ・カミ
オオ・クニ・ヌシ・ノ・カミ
───────────────────────────
「杵築」/『神々の国の首都』小泉八雲・平川祐弘(講談社学術文庫/1990年)




Mさんと私。
何やら、よろしくないことを企んでいるような絵になってます(苦笑)




───────────────────────────
一時間半のあいだ、左右の山並みは交互に近づいては遠ざかる。青い美しい山々は、滑るように船に迫りながら、その色あいを緑に変え、ゆるやかに背後にまわる頃には、ふたたび元の青色に戻る。
───────────────────────────
同上



…そうして待つ間に、サチエの出雲石はできあがっていました。




片側はこんな感じで、


その反対側。
まさに“切り落とし”らしい、この世にふたつとない一品です(笑)


次はこの宍道湖を左に見ながら、松江市鹿島町の佐陀宮内、出雲國二ノ宮である佐太神社へと進みます。



(つづく)




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村崎一徳による神社、お寺、お城などの写真や風景写真など旅行写真まとめ

玉造の花仙山が産んだ出雲石に出会う~初夏出雲行(28)

2015.12.17

玉造の花仙山が産んだ出雲石に出会う~初夏出雲行(28) はコメントを受け付けていません。






眩しい陽光のもと、玉作湯神社を出発しました。
時刻は09:30ごろ。




花仙山産の出雲石で作られた勾玉が並びます。

別に撮影禁止でもなかったと思いますけれど、施設で私は写真を撮らなかったのですが、サチエは写メでしっかり押さえていました(笑)

チラッとお値段が見えている通り、数万円から数十万円もする高価なものです(泣)
数量限定とのことですから、オンラインショップでも、大きなものは販売していません。

この写真で、
平成24年、約50年ぶりに花仙山より採掘致しました

とある通り、2012年10月に約2トンのめのうの原石が掘り出されたとのことです。

松江市玉湯町は古墳時代から奈良・平安時代にかけて、勾玉や管玉などを作り出していた「玉」の一大生産地であったことが分かっており、「玉造」の地名もそのことに由来しています。
天皇の皇位継承の証 三種の神器(さんしゅのしんき・ぎ)のひとつ「八坂瓊勾玉」は、出雲・玉造の里(花仙山産)でつくられたものと伝えられています
いずもまがたまの里伝承館/「花仙山産」のめのうを使用した出雲型勾玉を販売

日本神話では、岩戸隠れの際に後に玉造連の祖神となる玉祖命が作り、八咫鏡とともに太玉命が捧げ持つ榊の木に掛けられた。後に天孫降臨に際して瓊瓊杵尊に授けられたとする




玉造一帯の地図。

この地図右手に花仙山があります。
標高199mという低山ですが、思いのほか眺望が良いとのこと。



花仙山は奈良時代の733年に完成した出雲国風土記にも記された玉湯の温泉と玉作り双方の要を成してきた。花仙山が地下深くにある玉造温泉の熱源にふたをして閉じ込め守る構造になっている。さらに古来、深い緑色をたたえ「出雲石」と呼ばれて国内最高の品質を誇った碧玉(へきぎょく)をはじめメノウと水晶の豊かな「玉作山」(出雲国風土記)だった
山陰中央新報 - 悠久のくに(11) 出雲の玉作りと花仙山(松江市)




「弥生時代末から平安時代にかけては勾玉(まがたま)や管玉(くだだま)の材料として,明治時代以降では装飾品や置物の材料として花仙山でめのうが採掘されてきました.採掘は昭和50年代まで行われていました.玉造温泉街東側の斜面のめのう採掘跡の穴の内部が整備されて,採掘することなく残されためのう脈(幅約60~50cm)が見られるようになっています」



しかしながら意外にも、出雲地方の遺跡から出土する碧玉は、花仙山産でないものが多くあるということです。

出雲地方の弥生時代以降を主とする遺跡から,いわゆ る碧玉製品が出土する。その原産地を明らかにすることは古代史上重要な問題であることは明確である。
出雲地方では,玉湯町花仙山の安山岩中で,細脈として碧玉を産する。
これまで,ともすると,出雲地方のこれら遺跡から出土する碧玉を花仙山産のものであろうと単純に考えられがちであったが,出雲市西谷遺跡産碧玉の研究過程で, それが花仙山産のものとは異ると言う結論を得た」
「出雲は古来,碧玉その他を素材とした玉生産が盛んに 行われた地域の一つとして著名であるが,結果としてそ の時期はこれよりも後期になる可能性が大きい。この時期の大形の首長墓におさめられた副葬品が,地元産ではなく,他域域から持ち込まれた碧玉製品であったことは重要な意味をもつ


ちなみに花仙山では、めのうのカケラが結構落ちている!?そうです。
ここへも、一度は登ってみたいと思いました(苦笑)


さて、私たちでは高価な出雲石の勾玉に手が出ませんので、原石を求めることにします。
その原石とは、勾玉を作る時に出る破片というか、マグロで例えると“切り落とし”の部分です。



これはやはり、実際に見て触り、気に入ったものを選ぶことが肝心かと思います。
勾玉に比べるとかなりお手頃価格ですから、お奨めです。

簡単な加工ならその場でお願いできますから、サチエは必死になって選んだ石を、ペンダントにして貰うことにしました。

穴を開ける位置を決めると、30分ほどかかるということで、施設の北に隣接している宍道湖へと行ってみます。




湖畔へは、施設から直接に出ることはできませんでしたから、近所を少しウロウロすると道が見つかり辿り着けました。

Mさんとサチエ、記念撮影。
ピーカンの青空に、湖面も鮮やかに輝いています。




出雲国造から昇段を許された小泉八雲は、松江から小さな蒸気船に乗り込んでこの宍道湖を東から西へと進み、杵築大社へ出向いたということです。

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この大気そのものの中に何かが在る──うっすらと霞む山並みや妖しく青い湖面に降りそそぐ明るく澄んだ光の中に、何か神々しいものが感じられる──これが神道の感覚というものだろうか。『古事記』の伝説で心がはちきれそうな私には、この蒸気船の音までが神を言寿ぐ祝詞のように聞こえる──

コト・シロ・ヌシ・ノ・カミ
オオ・クニ・ヌシ・ノ・カミ
───────────────────────────
「杵築」/『神々の国の首都』小泉八雲・平川祐弘(講談社学術文庫/1990年)




Mさんと私。
何やら、よろしくないことを企んでいるような絵になってます(苦笑)




───────────────────────────
一時間半のあいだ、左右の山並みは交互に近づいては遠ざかる。青い美しい山々は、滑るように船に迫りながら、その色あいを緑に変え、ゆるやかに背後にまわる頃には、ふたたび元の青色に戻る。
───────────────────────────
同上



…そうして待つ間に、サチエの出雲石はできあがっていました。




片側はこんな感じで、


その反対側。
まさに“切り落とし”らしい、この世にふたつとない一品です(笑)


次はこの宍道湖を左に見ながら、松江市鹿島町の佐陀宮内、出雲國二ノ宮である佐太神社へと進みます。



(つづく)




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お寺やお城、神社、昔の住宅、教会、宮殿、寺院、修道院、御所、駅、駅舎、公園、庭園、空港、劇場、劇場・映画館・演芸場・観覧場・公会堂・集会場、ホテル・旅館、工場、下宿・寄宿舎、倉庫、博物館・美術館・図書館などの建造物や工芸品,彫刻,書跡,典籍,古文書,考古資料,歴史資料などの有形の文化財など歴史がある物が大好きなわたくし村崎一徳がデジカメ片手に全国を旅しながら写真を紹介しています。
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北は北海道から南は沖縄まで色んな観光地を訪ねながら、風景や建造物の写真を紹介中です。主に関東圏をまわっていますが、お金と時間に余裕がある時は気合い入れて遠出しています。 これまで行った場所は・・・
函館の夜景、小樽運河、知床五湖、金森赤レンガ倉庫群、五稜郭跡、摩周湖、襟裳岬、札幌時計台、十和田湖、小岩井農場、盛岡、鳴子温泉、角館町 武家屋敷、全国花火競技大会、銀山温泉、川越「時の鐘」、東京ディズニーランド、東京ディズニーシー、靖国神社、秋葉原電気街、新宿御苑、明治神宮、昭和記念公園、三鷹の森ジブリ美術館、浅草寺、浅草周辺、葛西臨海水族園、東京国立博物館、恩賜上野動物園、上野東照宮、山形県最上郡の堺田分水嶺、東京タワー、東京スカイツリー、アメ屋横丁、横須賀三笠公園、戦艦三笠、横浜氷川丸、中華街、元町、上野東照宮、日光東照宮、鎌倉大仏、箱根関所跡、箱根登山鉄道、箱根海賊船、箱根湯本、小田原城、江戸城、小江戸川越、鶴岡八幡宮、鎌倉五山、善光寺、川中島古戦場、松本城、旧中山道、南木曽町、妻籠宿、馬籠宿、松本城、名古屋テレビ塔、東山動植物園、熱海温泉、伊東温泉、富士山、鹿苑寺(金閣寺)、三千院、慈照寺(銀閣寺)、八坂神社、大徳寺、南禅寺、祇園新橋、妻籠宿本陣、馬籠諏訪神社、戦艦陸奥、自由の女神、お台場、熊谷家住宅、建長寺、長谷寺、船の科学館、真如堂、知恩院、鞍馬寺、平安神宮、太秦映画村、清水寺、三十三間堂(蓮華王院)、東福寺、北野天満宮、産寧坂(三年坂)、龍安寺、妙心寺、渡月橋、二条城、京都タワー、教王護国寺(東寺)、伏見稲荷大社、宇治橋、平等院鳳凰堂、東大寺、奈良公園、興福寺、唐招提寺、法隆寺(斑鳩寺)、唐招提寺、原爆ドーム、厳島神社、岡山城、後楽園、瀬戸大橋、萩市、熊本城、本妙寺、細川刑部邸、岩国城、長門峡、関門橋、小倉城、スペースワールド、太宰府天満宮、博多どんたく、吉野ヶ里遺跡、唐津城 (舞鶴公園)、聖フランシスコザビエル記念聖堂、ハウステンボス、オランダ村、黒島天主堂、島原城、平和公園、グラバー園、長崎原爆資料館、浦上天主堂、八千代座、通潤橋、水前寺公園、阿蘇山、阿蘇火山博物館、阿蘇カルデラ、阿蘇大観峰、肥後本妙寺、火の国祭り、頓写会、阿蘇草千里、二の丸公園、別府温泉、湯布院、桜島、西郷隆盛銅像、美ら海水族館、琉球村、首里城公園、ひめゆりの塔、平和記念公園、座間味島、那覇、国際通り、海軍壕、那覇空港、万座岬、ホエールウォッチング・・・などなどです。
わたくし村崎一徳は他にもどんどん行く予定です。
ただ、全部は回れないので、他の旅人さんの情報をまとめたこのサイトを作る事で全国を旅した気分になれるようなそんなまとめサイトを目指したいと思います。決して著作権を侵害する目邸ではありません。 できえば他のブロガーさんや旅人が足を運ばないような、あまり知られていないマイナーな場所にも足を運びたいと考えています。
個人的に今興味があるのは戦前、戦中の数少ない遺跡などが見たいと思います。そういうスポットでおすすめとろこなんていうのがあれば情報交換とかもしたいですね。そういう意味でもコメントなども随時受け付けています。村崎一徳と一緒に地方のマイナーなスポットを盛り上げましょうww
よろしくお願いします。

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