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清凉寺 2015秋

2015.11.30

清凉寺 2015秋 はコメントを受け付けていません。

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

大覚寺と大沢池を見た後、バスに乗って清凉寺まで来ました。「清凉寺」は、山号を五台山と称する浄土宗の寺院で、嵯峨釈迦堂の名でも知られています。

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「仁王門」は江戸時代(1783年)の建立で、初層左右に室町時代作の金剛力士像、楼上に十六羅漢像を安置しています。

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「釈迦堂」 本尊三国釈迦如来像(国宝)を安置する清凉寺の本堂です。安土桃山時代の慶長7年(1602)に豊臣秀頼によって寄進されました。寛永14年の嵯峨大火により諸堂宇が消失しましたが、桂昌院の発願、住友吉左衛門の援助によって元禄16年(1703)に再建されました。

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以下では、清凉寺の歴史を振り返りながら本堂の拝観や境内の散策をすることにします。

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清涼寺の歴史には、阿弥陀三尊を本尊とする棲霞寺(せいかじ)と、釈迦如来を本尊とする清凉寺という二つの寺院がかかわっています。(本堂裏の渡り廊下)

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この地は、もともと嵯峨天皇の離宮「嵯峨院」の一部で、その皇子源融(みなもととおる)が山荘・栖霞観(せいかかん)を営みました。融は光源氏のモデルとされた人物です。

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源融の一周忌の寛平8年(896)に、彼が生前に果たせなかった阿弥陀三尊像を子息が造り、これを安置した阿弥陀堂を棲霞寺と名付けました。

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その後天慶8年(945年)に、重明親王妃が棲霞寺に新堂を建て、等身大の釈迦像を安置しました。一説では、「釈迦堂」の名の由来はこの時であるといいます。「川中島」

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棲霞寺の創建から数十年後、当時の中国・宋に渡り、五台山(一名、清凉山)を巡礼した奝然(ちょうねん、938-1016)という東大寺出身の僧がいました。

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「弁天堂」 江戸末期頃の建築と推定され、そのまわりは池遊式庭園になっています。

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奝然は、宋へ渡航中の985年、台州の開元寺で現地の仏師に命じて1体の釈迦如来像を謹刻させました。

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その釈迦像は、古代インドの優填王(うてんおう)が釈迦の在世中に栴檀の木で造らせたという霊像を模刻したもので、「インド - 中国 - 日本」と伝来したことから「三国伝来の釈迦像」、釈迦に生き写しとされることから「生身釈迦如来」とも呼ばれています。

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奝然は、永延元年(987)日本に帰国し、同時に入宋のときにできた世界最初の大印刷物である蜀版一切経五千四十巻(現存せず)、十六羅漢画(国宝)、五台山文珠画像(現存せず)等も持ち帰りました。

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奝然は、愛宕山を中国の五台山に見立て、愛宕山麓にこの釈迦如来立像を安置する寺を建立しようとしましたが、延暦寺の反対にあい実現しないまま長和5年(1016)に亡くなりました。

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旧大方丈は、寛永14年(1637)に消失し、現在のものは享保年間(1716-1735)の造営と伝えられます。方丈の前庭は、枯山水の平庭で、小堀遠州作とされます。

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奝然の遺志を継いだ弟子の盛算(じょうさん)が、棲霞寺の境内に建立したのが現在の「五台山清凉寺」です。当初は華厳宗の寺でした。

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釈迦堂を出て、仁王門のあたりから境内を巡ります。「一切経蔵」 江戸時代中期の建立で正面に善慧大士座像、脇に普浄、普賢像を祀っています。

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「輪蔵」 一切の法、経典5408巻に収められており、法輪を一回転させると一切経をすべて読んだ功徳が得られるとされます。四隅で四天王像がにらんでいます。

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鎌倉時代の弘安2年(1279)、大念仏中興上人と呼ばれる円覚が清凉寺で融通念仏を勤修して以来大念仏が盛んになり、融通念仏の道場となりました。「ゆどうふ竹仙」

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「阿弥陀堂」 かって棲霞寺の阿弥陀堂があった場所で、その後、釈迦如来像が安置され清凉寺の阿弥陀堂となりました。現在の建物は、江戸時代末期(1863年)の再建。

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室町時代の嘉吉3年(1443)には嵯峨大念仏が初めて行われました。その後、応仁の乱で伽藍は焼失しますが、文明13年(1481)に再興されました。「庫裡」

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戦国時代の享禄3年(1530)に円誉が清凉寺に入り、初めて十二時の念仏を勤修してから浄土宗の寺となりました。「桂昌院遺愛の井戸」

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「霊宝館」 源融の供養のために造られた本尊阿弥陀三尊像など、国宝や重要文化財が収蔵されています。阿弥陀如来像は、「光源氏移し顔」とか。4月、5月、10月、11月に特別公開されます。

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本尊の釈迦像は、前述のように10世紀に中国で制作されたものですが、中世頃からは模刻ではなく、インドから渡来した栴檀釈迦像そのものであると信じられるようになりました。(本堂の横の道から先ほど歩いた渡り廊下が見えます。)

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こうした背景もあり、元禄13年(1700)から本尊の江戸から各地への出開帳が始まりました。(この道がちょうど仁王門の正面になることが分かりました。)

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また、桂昌院の発願による伽藍の復興もあり、三国伝来の釈迦像は信仰を集め、清凉寺は「嵯峨の釈迦堂」と呼ばれて栄えました。(本堂の前を通り、その左手(西)に「豊臣秀頼首塚」。)

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さらに西には「薬師堂」があります。平安時代(818年)に嵯峨天皇の勅により空海が建立した「竜幡山薬師寺」がその前身で、薬師如来像を安置し、疫病の平癒を祈願したといいます。

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「鐘楼」 江戸時代の建立、梵鐘は南北朝時代(1484年)の鋳造で、足利義政、日野富子など700-800人の銘があります。嵯峨八景一つに選ばれ、「清凉晩鐘」とか「五台晨鐘」といわれています。

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清凉寺が栄える一方で、母体であった棲霞寺は次第に衰微して、阿弥陀堂や阿弥陀三尊像(国宝、現在は霊宝館に安置)に、その名残りをとどめるだけとなりました。(西には、狂言堂もありますが行っていません。)

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ところで、昭和28年(1953)に本尊の胎内から中国僧が制作時に入れた、絹で作った五臓六腑・願文・経巻等々(すべて国宝)が発見され話題になりました.。(「多宝塔」 江戸時代(1700年)に江戸で造られ、1703年に清凉寺に移築されたそうです。)

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世界最古の内臓模型で医学史の資料としても貴重なものだそうです。そして、本尊が本当に「生身釈迦如来」だったことも分かったのです。茶店「大文字屋」

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ここも「あぶり餅」が名物ですが、甘いものが欲しくて栗ぜんざいをいただきました。

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