村崎一徳による神社、お寺、お城などの写真や風景写真など旅行写真まとめ

大覚寺 2015秋

2015.11.28

大覚寺 2015秋 はコメントを受け付けていません。

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

Jmv_6183a
※写真は全てクリックで拡大します。

直指庵を出て、約15分ほど歩いて大覚寺を訪れました。大覚寺は、弘法大師空海を宗祖とする真言宗大覚寺派の本山です。

Jmv_6130a

平安時代の初期、嵯峨天皇と檀林皇后の新居として離宮嵯峨院が建立されました。嵯峨天皇が帰依していた空海が、離宮内に五大明王を安置するお堂を建てたのが大覚寺の前身です。(この日は「玄関門」あたりが工事中で、「明智門」から入りました。)

Jmv_6144a

嵯峨天皇が崩御して30数年後の貞観18年(876)、嵯峨天皇皇女の正子(せいし)内親王が離宮を寺に改め、清和天皇から寺号を贈られて大覚寺としました。(左の庫裡玄関から入ります。右は「式台玄関」)

Jmv_6156a

淳和天皇と皇后・正子内親王の皇子・恒貞親王(ごうじゃく)法親王が開山(初代住職)となりました。(式台玄関は後水尾天皇の中宮・東福門院の女御御所の一部が移築されたといいます。)

Jmv_6160a

以後、大覚寺は歴代の天皇や皇族が住持をつとめる門跡寺院となり、嵯峨御所とよばれました。(「宸殿」も後水尾天皇より下賜された寝殿造りの建物で、東福門院和子の女御御殿の宸殿として使用していたものとか。)

Jmv_6189a

宸殿前で「嵯峨菊展」が行われていました。

Jmv_6173a

TOPの写真は嵯峨菊展の方から宸殿を見たもの。

Jmv_6180a

東の外縁からは「五大堂」が見えます。お堂や回廊の回りにも嵯峨菊の鉢が並べられていました。

Jmv_6190a

各伽藍を結ぶ回廊は、柱をにわか雨に、直角に折れ曲がる回廊を稲光にたとえて「村雨の廊下」と呼ばれています。床は鴬張りで、低い天井は刀や槍を振り回せないようにするためとか。

Jmv_6212a

宸殿の北の苔庭

Jmv_6213a

「正寝殿(しょうしんでん)」 書院造りで12の部屋があります。

Jmv_6219a

上段の間は後宇多法皇が院政を執った部屋で、執務の際は冠を傍らに置いたことから、「御冠(おかんむり)の間」とも呼ばれています。南北朝の媾和会議がここで行われたそうです。

Jmv_6225a

北に行く回廊 左の建物は「庭湖館」 かって大沢池の畔にあった江戸時代中期の建物を1868年に移築しました。

Jmv_6236a

右手に「勅封心経殿(ちょくふうしんぎょうでん)」が見えます。大正14年に法隆寺の夢殿を模して再建されたもので、嵯峨天皇をはじめ、後光厳、後花園、後奈良、正親町、光格天皇の勅封心経を納め、薬師如来像が祀られています。

Jmv_6248a

境内の北西にある池の周囲は紅葉の色づきが進んでいました。

Jmv_6263a

回廊の突き当りを右に行くと「霊明殿」があります。

Jmv_6273a

綺麗な朱塗の建物で江戸時代末期の建立。1958年に東京の寺から移築したそうです。

Jmv_6338a

ここには、嵯峨御流関係者の位牌が安置されています。(振り返って回廊の方を見ると)

Jmv_6277a

外縁を一周します。

Jmv_6290a

先ほど来た回廊に戻ります。

Jmv_6345a

正寝殿の横を通って

Jmv_6354a

「御影堂」 大正14年の建造。大正天皇の即位に際して建てられた饗宴殿を、式後に賜って移築したもの。前庭は白川砂により大海を表し、右近の橘、左近の桜が植えられ、中央に舞楽台、奥に勅使門が見えます。

Jmv_6363a

勅使門は嘉永年間(1848~54)の再建。一般に勅使門は天皇関係者にしか開けられませんが、数年に一度の嵯峨御流の献花式には開門されるそうです。

Jmv_6360b

御影堂には、嵯峨天皇、秘鍵大師(弘法大師)、後宇多法皇、恒寂入道親王など大覚寺の歴史に大きな役割を果たされた人々の尊像を安置しています。

Jmv_6365a

御影堂は勅封心経殿の前殿でもあり、内陣正面は心経殿を拝するため開けてあるそうです。

Jmv_6408a

また、心経殿に五色の絹布を結び、それをお祀り する御影堂(心経前殿)」まで通して、その先端に法具を結びつけています。

Jmv_6406a

「五大堂」 江戸時代中期の天明年間に創建され、現在の大覚寺の本堂です。不動明王を中心とする五大明王を祀っています。正面には吹き抜けの広縁があります。

Jmv_6372a

大沢池に面する東面には、池に張り出すように広いぬれ縁(観月台)があり、ときどきお茶席になります。

Jmv_6378a


Jmv_6385a

今日もお越しいただき、ありがとうございます。お帰りの前に、ブログランキングの応援のクリック↓をよろしく。

  ★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Jmv_6355a



村崎一徳について
わたくし村崎一徳は、
お寺やお城、神社、昔の住宅、教会、宮殿、寺院、修道院、御所、駅、駅舎、公園、庭園、空港、劇場、劇場・映画館・演芸場・観覧場・公会堂・集会場、ホテル・旅館、工場、下宿・寄宿舎、倉庫、博物館・美術館・図書館などの建造物や工芸品,彫刻,書跡,典籍,古文書,考古資料,歴史資料などの有形の文化財など歴史がある物が大好きなわたくし村崎一徳がデジカメ片手に全国を旅しながら写真を紹介しています。
古く歴史を感じることが大好きなわたくし村崎一徳は奈良時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代、安土桃山時代、戦国時代、江戸時代、幕末、明治時代、大正時代、昭和時代までいろいろな時代のものを散策しています。
北は北海道から南は沖縄まで色んな観光地を訪ねながら、風景や建造物の写真を紹介中です。主に関東圏をまわっていますが、お金と時間に余裕がある時は気合い入れて遠出しています。 これまで行った場所は・・・
函館の夜景、小樽運河、知床五湖、金森赤レンガ倉庫群、五稜郭跡、摩周湖、襟裳岬、札幌時計台、十和田湖、小岩井農場、盛岡、鳴子温泉、角館町 武家屋敷、全国花火競技大会、銀山温泉、川越「時の鐘」、東京ディズニーランド、東京ディズニーシー、靖国神社、秋葉原電気街、新宿御苑、明治神宮、昭和記念公園、三鷹の森ジブリ美術館、浅草寺、浅草周辺、葛西臨海水族園、東京国立博物館、恩賜上野動物園、上野東照宮、山形県最上郡の堺田分水嶺、東京タワー、東京スカイツリー、アメ屋横丁、横須賀三笠公園、戦艦三笠、横浜氷川丸、中華街、元町、上野東照宮、日光東照宮、鎌倉大仏、箱根関所跡、箱根登山鉄道、箱根海賊船、箱根湯本、小田原城、江戸城、小江戸川越、鶴岡八幡宮、鎌倉五山、善光寺、川中島古戦場、松本城、旧中山道、南木曽町、妻籠宿、馬籠宿、松本城、名古屋テレビ塔、東山動植物園、熱海温泉、伊東温泉、富士山、鹿苑寺(金閣寺)、三千院、慈照寺(銀閣寺)、八坂神社、大徳寺、南禅寺、祇園新橋、妻籠宿本陣、馬籠諏訪神社、戦艦陸奥、自由の女神、お台場、熊谷家住宅、建長寺、長谷寺、船の科学館、真如堂、知恩院、鞍馬寺、平安神宮、太秦映画村、清水寺、三十三間堂(蓮華王院)、東福寺、北野天満宮、産寧坂(三年坂)、龍安寺、妙心寺、渡月橋、二条城、京都タワー、教王護国寺(東寺)、伏見稲荷大社、宇治橋、平等院鳳凰堂、東大寺、奈良公園、興福寺、唐招提寺、法隆寺(斑鳩寺)、唐招提寺、原爆ドーム、厳島神社、岡山城、後楽園、瀬戸大橋、萩市、熊本城、本妙寺、細川刑部邸、岩国城、長門峡、関門橋、小倉城、スペースワールド、太宰府天満宮、博多どんたく、吉野ヶ里遺跡、唐津城 (舞鶴公園)、聖フランシスコザビエル記念聖堂、ハウステンボス、オランダ村、黒島天主堂、島原城、平和公園、グラバー園、長崎原爆資料館、浦上天主堂、八千代座、通潤橋、水前寺公園、阿蘇山、阿蘇火山博物館、阿蘇カルデラ、阿蘇大観峰、肥後本妙寺、火の国祭り、頓写会、阿蘇草千里、二の丸公園、別府温泉、湯布院、桜島、西郷隆盛銅像、美ら海水族館、琉球村、首里城公園、ひめゆりの塔、平和記念公園、座間味島、那覇、国際通り、海軍壕、那覇空港、万座岬、ホエールウォッチング・・・などなどです。
わたくし村崎一徳は他にもどんどん行く予定です。
ただ、全部は回れないので、他の旅人さんの情報をまとめたこのサイトを作る事で全国を旅した気分になれるようなそんなまとめサイトを目指したいと思います。決して著作権を侵害する目邸ではありません。 できえば他のブロガーさんや旅人が足を運ばないような、あまり知られていないマイナーな場所にも足を運びたいと考えています。
個人的に今興味があるのは戦前、戦中の数少ない遺跡などが見たいと思います。そういうスポットでおすすめとろこなんていうのがあれば情報交換とかもしたいですね。そういう意味でもコメントなども随時受け付けています。村崎一徳と一緒に地方のマイナーなスポットを盛り上げましょうww
よろしくお願いします。

コメントは利用できません。

当サイトについて

日本国内の寺院や神社、お城、歴史建造物などの名所巡り、撮り鉄、乗り鉄などの情報ブログなどのまとめサイトです。

当サイトについての詳細

管理人についての詳細

オリジナルカテゴリー

フォト蔵

村崎一徳のコンデジ旅行日記

RSS Feed Widget

Twitter

動画

アクセスランキング