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光悦寺 2015秋

2015.11.24

光悦寺 2015秋 はコメントを受け付けていません。

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

鷹峯の源光庵を出た後、通りを隔てた光悦寺を訪れました。

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江戸初期の文化人・本阿弥光悦が元和元年(1615)徳川家康から与えられ地に草庵を結び、法華題目堂を建てました。

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当時この地は「辻斬り追い剥ぎ」が出没する物騒な土地だったといいます。ここに光悦の一族や様々な工芸の職人らが移り住んで芸術の村となったそうです。

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光悦の死後、西陣本法寺の日慈上人を開山として寺に改め、太虚庵(たいこあん)光悦寺と称したのが寺の起こりです。(拝観受付の前に珍しい茅葺き屋根「鐘楼」があります。)

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「本堂」 本尊の十界曼荼羅を安置しています。

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本堂と庫裡をつなぐ回廊の下をくぐると庭園に出ます。庭園には7つの茶室が点在し、庫裡と接して「妙秀庵」があります。

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「三巴亭」 大正10年(1921)に建てられた数奇屋建築で、八畳2室、水屋等からなり、北西の八畳は光悦堂と称し、仏壇には光悦の木像を安置しています。

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「大虚庵」 光悦が鷹ヶ峰に営んだ居室の名称でしたが、現在の大虚庵は大正4年(1915)に新たに建てられたもので、道具商・土橋嘉兵衛の寄付、速水宗汲の設計です。

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大虚庵前の垣根は「光悦垣」またはその姿から「臥牛(ねうし)垣」と呼ばれ、徐々に高さが変る独特のものです。

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大虚庵は建設後に光悦会によって改造され、正面入口の貴人口がにじり口に、間取りが当初の三畳台目から四畳+二台目に変わったそうです。光悦会は大正4年に始まり、大師会とともに我が国の二大茶会です。

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「了寂軒」 大虚庵と向き合うように建っています。以下の建物もすべて大正時代以降の建設です。

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ここは、かって唱題修行をする常題目堂があった場所です。

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「翹秀軒(ぎょうしゅうけん)」 紙屋川の渓谷上の見晴らしのよい場所にあります。ここまでの建物は、斜面の上から下に並んでいます。

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向こうの山が「鷲ヶ峰」

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左が「鷹ヶ峰」

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ここからの眺めをパノラマにしました。鷹峰三山が見え、最後の「天ヶ峰」は右の庇に一部が隠れています。

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翹秀軒の前に光悦の養子の光瑳(1601-1682)と孫の光甫(1601-1682)の墓があります。

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散策路は翹秀軒から斜面に沿って東に行きます。振り返ると、天ヶ峰がはっきり見えます。

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「本阿弥庵」 散策路の東の端の見晴らしのよい場所に建っています。

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ここまでで紹介した以外に茶室「徳友庵」、「騎牛庵」、「自得庵」があるはずですが、いずれも非公開で目につかない場所にあるようです。

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正面は鷹ヶ峰です。

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市内の北部が見え、鷹峯が高台にあることが分かります。散策路は、本阿弥庵から北に上り、その途中に

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アメリカ人蒐集家・チャールズ・ラング・フリーア(1854-1919)の記念碑があります。彼は、日本などアジアの美術・工芸品を収集して、スミソニアン博物館に寄贈しました。

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彼は光悦寺にもたびたび訪れ、日本の芸術品を世界に広め、後にアジア専門のフリーア美術館が設立されました。更に北に行くと道が分かれていて、

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突き当りに「光悦の墓」があります。

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ところで、鷹峯は京の都から杉坂を経て周山に至る周山街道上の要衝で、京の七口の一つの長坂口にあたります。毎年鷹がやってきて雛を生んだので、鷹峰とよばれたという話があります。真偽はともかく、遊猟地であったことは確かなようです。(右が妙秀庵。)

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近世初頭に光悦が一族を率いて芸術村を形成し、さらに日蓮宗の檀林が設けられると、各種産物の問屋が軒を並べて、宿場町としても栄えました。

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しかしながら、国鉄山陰線が開通し、高雄・梅ヶ畑経由の新しい周山街道ができてからはこの地はさびれてしまったそうです。

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それでも、通りにある古い茶店や土産物屋が当時の面影を伝えています。

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