ふしぎな身逃げ神事の謎に湊社で挑んでみる~初夏出雲行(17)←(承前)




再び、稲佐の浜に到着しました。

朝に汲んだ潮はもう使い切りましたから、もう一度ここで潮を頂き、近隣の出雲大社摂末社を徒歩で巡ります。

海の向こうに見える堤防の上に、先ほどの「いずも」が艦橋を覗かせています。




艦橋をアップ。

この後の日御碕への往復でも、「いずも」はゆっくりと近海を航行していました。
それを見ようとする人々とその車で、道路は渋滞するほどではありませんでしたけれど、かなり賑わいます。

神の国の名を冠した戦艦といえば、あの「大和」が思い出されました。
どうか、似たような悲劇の結末となりませんことを、祈るのみです。




このように、ジャブジャブと海に入り、潮を汲みます。
冬場にはチョット無理ですから、その時はロープを使った方が良いかも知れません。




潮の入ったハンドルピッチャーを手に、記念撮影。




稲佐の浜から日御碕へと続く県道29号大社日御碕線を、徒歩で少し北へ進みます。

目前の山の手前、麓あたりに因佐神社(いなさのかみのやしろ)がある筈ですけれど、どう入っていけば良いのか分からずに、ちょっとウロウロしました。

稲佐の浜に沿って南北へ走るこの県道の右手、東側を平行して走る道路が2本あるんですが、その一番東にある細い生活道を北へ行くと、左手に因佐神社の鳥居があります。

私たちは何だか全然わからなくなり、畑仕事をされているおじさんに尋ねてようやく辿り着けました。




やっと着いた~、と喜んだのも束の間、こちらも修造中でした~。

因佐神社。
祭神:建御雷神(たけみかづちのかみ)

天照大御神の命を受け天降られ、稲佐の浜で大国主大神と国土奉献の話し合いをされた神です。勇武の神として知られています

Wikipedia/タケミカヅチ

国譲りをさせられたオオクニヌシ一族と出雲の人々にとって、まさに仇敵ともいえる神さまですね。
剣の柄を海辺に突き刺し、上へ向いた切っ先に平然と胡座をかいて座れるくらい、鋼鉄のようにやたら硬いお尻と、ヤジロベエのような絶妙の平衡感覚を持った神さまです(笑)




【お知らせ】の立て看板。
お尻の硬い神さまとは、上宮でお会いできるようです。




参道の途中で小さな橋を渡ります。

川は、山の水が流れる細い水路みたいな様子ですが、雨が降ると一気に水量が増すのかも知れません。




工事用のシートと、仮設の屋根がお社を覆っています。




行けるところまでは近づいて、お参りも一応させて頂きます。
お社の前に、もうひとつ橋があって川もありました。




西の空へと傾いてきた太陽が、杜の梢に輝きます。
時刻はもうすぐ16:00となる頃。

これから近隣の摂末社を巡り、北に連なる山を越えて鷺浦の伊奈西波岐神社へと往復し、日没までに日御碕神社から日御碕灯台を巡ると、最後に玉造へ入らなければなりませんから、まだまだ気は緩められません(笑)




参道を引き返します。
ここから住宅や工場などが県道まで続いていますけれど、落ち着いた閑静な境内です。




県道と平行した生活道を南へと歩いて行きます。
これは、来た道を振り返って撮りました。

家々の佇まいが、何となく南島の雰囲気です。
やはり黒潮から分かれた海流に乗って、昔から様々な人々が訪れてきた海辺の地、ということかも知れません。




奉納山の麓に建築関係の広い作業場があって、そこに置かれた巨大な燈籠が2つ。

詳しいことは何も分かりませんけれど、もしかしたら、神在祭などで使うのかなあ、などと思われました。




いきなり、予期せずに屏風岩と遭遇。

この屏風岩、国譲りの地として有名なんですが、どこにあるのか詳細が分かりませんでした。
大体が、稲佐の浜から近く、とだけ紹介されていて、色々調べても、ハッキリここだ、という場所が不明だったのです。

それが突然、目の前に現れましたから僥倖でした。
オオクニヌシの大神さま、ありがとうございま~す、って感じでしょうか。

ただ、この屏風岩ですが、勝手に思ってたのと違って、ビックリするほど小さい印象でした。
次の写真をご覧ください。




神話の舞台、歴史的なスケールで大きくイメージしていたため、まるでサチエが、ガリバーのごとき巨人に見えてしまいます(苦笑)

このホッコリとした岩に凭れてオオクニヌシが座っていたとしたら、心底から無念に、さぞやションボリした感じだったことと思わずにはいられません。




大神さまの遣る瀬なく、切なかったであろう思いを胸に抱きながら、皆で弛まず道を進みます。



(つづく)





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村崎一徳による神社、お寺、お城などの写真や風景写真など旅行写真まとめ

稲佐の浜を再訪し因佐神社から屏風岩へ~初夏出雲行(18)

2015.11.12

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再び、稲佐の浜に到着しました。

朝に汲んだ潮はもう使い切りましたから、もう一度ここで潮を頂き、近隣の出雲大社摂末社を徒歩で巡ります。

海の向こうに見える堤防の上に、先ほどの「いずも」が艦橋を覗かせています。




艦橋をアップ。

この後の日御碕への往復でも、「いずも」はゆっくりと近海を航行していました。
それを見ようとする人々とその車で、道路は渋滞するほどではありませんでしたけれど、かなり賑わいます。

神の国の名を冠した戦艦といえば、あの「大和」が思い出されました。
どうか、似たような悲劇の結末となりませんことを、祈るのみです。




このように、ジャブジャブと海に入り、潮を汲みます。
冬場にはチョット無理ですから、その時はロープを使った方が良いかも知れません。




潮の入ったハンドルピッチャーを手に、記念撮影。




稲佐の浜から日御碕へと続く県道29号大社日御碕線を、徒歩で少し北へ進みます。

目前の山の手前、麓あたりに因佐神社(いなさのかみのやしろ)がある筈ですけれど、どう入っていけば良いのか分からずに、ちょっとウロウロしました。

稲佐の浜に沿って南北へ走るこの県道の右手、東側を平行して走る道路が2本あるんですが、その一番東にある細い生活道を北へ行くと、左手に因佐神社の鳥居があります。

私たちは何だか全然わからなくなり、畑仕事をされているおじさんに尋ねてようやく辿り着けました。




やっと着いた~、と喜んだのも束の間、こちらも修造中でした~。

因佐神社。
祭神:建御雷神(たけみかづちのかみ)

天照大御神の命を受け天降られ、稲佐の浜で大国主大神と国土奉献の話し合いをされた神です。勇武の神として知られています

Wikipedia/タケミカヅチ

国譲りをさせられたオオクニヌシ一族と出雲の人々にとって、まさに仇敵ともいえる神さまですね。
剣の柄を海辺に突き刺し、上へ向いた切っ先に平然と胡座をかいて座れるくらい、鋼鉄のようにやたら硬いお尻と、ヤジロベエのような絶妙の平衡感覚を持った神さまです(笑)




【お知らせ】の立て看板。
お尻の硬い神さまとは、上宮でお会いできるようです。




参道の途中で小さな橋を渡ります。

川は、山の水が流れる細い水路みたいな様子ですが、雨が降ると一気に水量が増すのかも知れません。




工事用のシートと、仮設の屋根がお社を覆っています。




行けるところまでは近づいて、お参りも一応させて頂きます。
お社の前に、もうひとつ橋があって川もありました。




西の空へと傾いてきた太陽が、杜の梢に輝きます。
時刻はもうすぐ16:00となる頃。

これから近隣の摂末社を巡り、北に連なる山を越えて鷺浦の伊奈西波岐神社へと往復し、日没までに日御碕神社から日御碕灯台を巡ると、最後に玉造へ入らなければなりませんから、まだまだ気は緩められません(笑)




参道を引き返します。
ここから住宅や工場などが県道まで続いていますけれど、落ち着いた閑静な境内です。




県道と平行した生活道を南へと歩いて行きます。
これは、来た道を振り返って撮りました。

家々の佇まいが、何となく南島の雰囲気です。
やはり黒潮から分かれた海流に乗って、昔から様々な人々が訪れてきた海辺の地、ということかも知れません。




奉納山の麓に建築関係の広い作業場があって、そこに置かれた巨大な燈籠が2つ。

詳しいことは何も分かりませんけれど、もしかしたら、神在祭などで使うのかなあ、などと思われました。




いきなり、予期せずに屏風岩と遭遇。

この屏風岩、国譲りの地として有名なんですが、どこにあるのか詳細が分かりませんでした。
大体が、稲佐の浜から近く、とだけ紹介されていて、色々調べても、ハッキリここだ、という場所が不明だったのです。

それが突然、目の前に現れましたから僥倖でした。
オオクニヌシの大神さま、ありがとうございま~す、って感じでしょうか。

ただ、この屏風岩ですが、勝手に思ってたのと違って、ビックリするほど小さい印象でした。
次の写真をご覧ください。




神話の舞台、歴史的なスケールで大きくイメージしていたため、まるでサチエが、ガリバーのごとき巨人に見えてしまいます(苦笑)

このホッコリとした岩に凭れてオオクニヌシが座っていたとしたら、心底から無念に、さぞやションボリした感じだったことと思わずにはいられません。




大神さまの遣る瀬なく、切なかったであろう思いを胸に抱きながら、皆で弛まず道を進みます。



(つづく)





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村崎一徳について
わたくし村崎一徳は、
お寺やお城、神社、昔の住宅、教会、宮殿、寺院、修道院、御所、駅、駅舎、公園、庭園、空港、劇場、劇場・映画館・演芸場・観覧場・公会堂・集会場、ホテル・旅館、工場、下宿・寄宿舎、倉庫、博物館・美術館・図書館などの建造物や工芸品,彫刻,書跡,典籍,古文書,考古資料,歴史資料などの有形の文化財など歴史がある物が大好きなわたくし村崎一徳がデジカメ片手に全国を旅しながら写真を紹介しています。
古く歴史を感じることが大好きなわたくし村崎一徳は奈良時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代、安土桃山時代、戦国時代、江戸時代、幕末、明治時代、大正時代、昭和時代までいろいろな時代のものを散策しています。
北は北海道から南は沖縄まで色んな観光地を訪ねながら、風景や建造物の写真を紹介中です。主に関東圏をまわっていますが、お金と時間に余裕がある時は気合い入れて遠出しています。 これまで行った場所は・・・
函館の夜景、小樽運河、知床五湖、金森赤レンガ倉庫群、五稜郭跡、摩周湖、襟裳岬、札幌時計台、十和田湖、小岩井農場、盛岡、鳴子温泉、角館町 武家屋敷、全国花火競技大会、銀山温泉、川越「時の鐘」、東京ディズニーランド、東京ディズニーシー、靖国神社、秋葉原電気街、新宿御苑、明治神宮、昭和記念公園、三鷹の森ジブリ美術館、浅草寺、浅草周辺、葛西臨海水族園、東京国立博物館、恩賜上野動物園、上野東照宮、山形県最上郡の堺田分水嶺、東京タワー、東京スカイツリー、アメ屋横丁、横須賀三笠公園、戦艦三笠、横浜氷川丸、中華街、元町、上野東照宮、日光東照宮、鎌倉大仏、箱根関所跡、箱根登山鉄道、箱根海賊船、箱根湯本、小田原城、江戸城、小江戸川越、鶴岡八幡宮、鎌倉五山、善光寺、川中島古戦場、松本城、旧中山道、南木曽町、妻籠宿、馬籠宿、松本城、名古屋テレビ塔、東山動植物園、熱海温泉、伊東温泉、富士山、鹿苑寺(金閣寺)、三千院、慈照寺(銀閣寺)、八坂神社、大徳寺、南禅寺、祇園新橋、妻籠宿本陣、馬籠諏訪神社、戦艦陸奥、自由の女神、お台場、熊谷家住宅、建長寺、長谷寺、船の科学館、真如堂、知恩院、鞍馬寺、平安神宮、太秦映画村、清水寺、三十三間堂(蓮華王院)、東福寺、北野天満宮、産寧坂(三年坂)、龍安寺、妙心寺、渡月橋、二条城、京都タワー、教王護国寺(東寺)、伏見稲荷大社、宇治橋、平等院鳳凰堂、東大寺、奈良公園、興福寺、唐招提寺、法隆寺(斑鳩寺)、唐招提寺、原爆ドーム、厳島神社、岡山城、後楽園、瀬戸大橋、萩市、熊本城、本妙寺、細川刑部邸、岩国城、長門峡、関門橋、小倉城、スペースワールド、太宰府天満宮、博多どんたく、吉野ヶ里遺跡、唐津城 (舞鶴公園)、聖フランシスコザビエル記念聖堂、ハウステンボス、オランダ村、黒島天主堂、島原城、平和公園、グラバー園、長崎原爆資料館、浦上天主堂、八千代座、通潤橋、水前寺公園、阿蘇山、阿蘇火山博物館、阿蘇カルデラ、阿蘇大観峰、肥後本妙寺、火の国祭り、頓写会、阿蘇草千里、二の丸公園、別府温泉、湯布院、桜島、西郷隆盛銅像、美ら海水族館、琉球村、首里城公園、ひめゆりの塔、平和記念公園、座間味島、那覇、国際通り、海軍壕、那覇空港、万座岬、ホエールウォッチング・・・などなどです。
わたくし村崎一徳は他にもどんどん行く予定です。
ただ、全部は回れないので、他の旅人さんの情報をまとめたこのサイトを作る事で全国を旅した気分になれるようなそんなまとめサイトを目指したいと思います。決して著作権を侵害する目邸ではありません。 できえば他のブロガーさんや旅人が足を運ばないような、あまり知られていないマイナーな場所にも足を運びたいと考えています。
個人的に今興味があるのは戦前、戦中の数少ない遺跡などが見たいと思います。そういうスポットでおすすめとろこなんていうのがあれば情報交換とかもしたいですね。そういう意味でもコメントなども随時受け付けています。村崎一徳と一緒に地方のマイナーなスポットを盛り上げましょうww
よろしくお願いします。

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