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鴨川 秋景色

2015.11.11

鴨川 秋景色 はコメントを受け付けていません。

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日までの記事で、高野川から出町三角州まで来ました。そこから河原の秋景色を見ながら、鴨川の西岸を下っていきます。上は賀茂大橋、↓は「鴨川公園」の石標、他にもあちこちで見かけます。

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昨日の記事でも書いたように、昭和10年の大水害を契機として鴨川の河川敷が整備され、現在は「鴨川公園」として京都府が管理しています。

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特に、丸太町橋から柊野にかけては、芝生や運動広場が多く設けられ、様々なベンチや遊具が設置されています。

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一方、竹田橋周辺から小枝橋までの下流は、主に散策の場として緑地と散策路が設けられています。向こうに大文字が見えます。

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昭和10年(1935)6月29日の未明に発生した鴨川水害では、流域の37.2平方キロが浸水し、死者12名、負傷者71名、家屋の全半壊482戸の被害が出ました。

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この水害では鴨川の堤防はかろうじて決壊を免れましたが、以下のような経緯で被害がさらに拡大しました。

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鴨川にかかる26橋のうち15橋が流失して、当時コンクリートアーチ橋の四条大橋に上流の流出した橋が引っかかり、川の流れをせき止めてしまいました。

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あふれた水によって、先斗町や宮川町が浸水し、鴨川と平行して走っていた京阪本線の路盤を流失、駅舎やホーム、琵琶湖疏水の団栗閘門を破損しました。

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さらに朝には団栗橋・松原橋・五条大橋を倒壊させて正面橋をせき止め、さらに大きな被害を出しました。

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右に「今出川分水路の放水口」が見えます。増水した白川の水は、今出川通から鴨川左岸の地下を流れ、ここから鴨川に放水されます。

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上の水害を契機に、琵琶湖疏水の暗渠化、塩小路橋付近の水力発電所建設、京阪線の地下化などを含む大規模な河川改修事業が計画されました。(府立医大付近)

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戦争による中断や京阪線地下化・疏水の暗渠化は中止されましたが、昭和22年(1947)に鴨川の工事は終了しました。

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この工事では、2m近く川底が掘り下げられ、五条大橋から塩小路橋間の京阪線の緑地帯を撤去して川幅を拡張し、落差数十cmの堰を多く設けて、流れの速度を抑制する現在の鴨川の姿になりました。

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その後、京都市の交通渋滞緩和策として京阪線の地下化が再び本格化して、1979年に着工、1987年5月に地下化が完成、翌年5月に川端通が開通しました。荒神橋

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後に、鴨川西岸の先斗町などは道幅が狭く、火災発生時に消防車の進入ルートを確保するために、緊急車両が通れるように御池通から五条通にかけての河川敷が整備されました。

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将軍塚の青龍殿

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水害対策のために整備されて公園となっている鴨川の河川敷は、「高水敷(こうすいじき) 」というそうです。高水敷は、常に水が流れる低水路より一段高い部分の敷地のことです。

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平常時にはグランドや公園など様々な形で利用されていますが、増水時にはより高い堤防によって水があふれるのを防ぎ、高水敷は水に浸かるようになっています。丸太町橋

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実際に何度か水に浸かっているのを見たことがあります。

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向こうに戎川発電所を通った「琵琶湖疏水の放水口」があります。大部分の琵琶湖疏水は放水口の手前で南に向きをかえ、「鴨川運河」として伏見まで流れていきます。

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ところで、昭和11年から始まった鴨川の改修工事の答申書では、京都を「本邦唯一ノ国際的観光都市」と位置づけ、鴨川を「京都ノ優雅ナル情景ヲ保持シツツアリ」としました。右は「みそそぎ川」 以前の鴨川の水面もこの高さだったそうです。

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そして、工事に当たっては「風致維持ノ関係上相当ノ考慮ヲ必要」として、自然石を使用して、コンクリートの露出を避けるなど、景観に配慮して進められました。(少し戻って、丸太町橋の上に上がりました。 下流は二条大橋。)

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昭和11年といえば、満州事変から日中戦争が始まる前のきな臭い時代でしたが、今日の京都を予見していたかのように、「先見の明」があったといえます。こちらは上流。

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