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アメーバブログ「ペタ」廃止に思う

2015.08.24

アメーバブログ「ペタ」廃止に思う はコメントを受け付けていません。

今この記事を読んでいる方の中には、もしかすると元アメブロユーザーもいるのではないでしょうか。今回は私の経験談を交えながら、アメブロ(アメーバブログ)に関する話題をお届けします。

私がブロガーとしての一歩を踏み出したのは、今からちょうど5年前の2010年8月のことでした。この時は今でいう「ユーチューバー」として頻繁に動画投稿していた関係で、youtubeと同じ「Google」の提供するサービスを利用すれば手続きも面倒ではなかろうと思い、「Blogger」(以下、「ブロガー」)というサービスを利用してブログを運営していました。

「ブロガー」で更新していたころは殆ど読者が付かず、せいぜいyoutubeで頻繁に連絡を取っていた動画投稿者1人とコメントし合う程度でしたが、「ブログを始めたころは誰もが通る道だろう」と思い、訪問者の少なさを気にすることはありませんでした。ところが開設してから1か月後の9月下旬、突如画像をアップロードできなくなるという不具合に遭遇し、これがブログ移転を決断するきっかけになりました。こうしてブロガー人生1か月目ではやくも、「ブロガー」を辞めてアメーバにブログ機能を移転することに。

私がアメーバに決めたのはただ1つ、唐津市のマスコットキャラクター「唐ワンくん」がアメーバブログを利用していたからです。私は根っからのひねくれ者で、あまり芸能人は好きではない(時代劇俳優をのぞく)ので、「あのタレントがアメーバをしているから俺も」というノリではなく、単に「唐ワンくん」の情報を仕入れたかったからアメーバを選んだのです。

ここで本題

こうしてアメブロガーになった私ですが、当初はどのようにして読者を増やすか戸惑いながらの更新が続きました。アメーバで読者を増やす方法は複数あります。

1. 「読者登録」ボタンを押して、相手に自分の存在を伝えること。
2. 「アメンバー」になること。
3. 「ペタ」を活用すること。


この他にも方法はあるかもしれませんが、私が把握する限りではこの3つが一番手っ取り早い宣伝方法です。

私はまずペタから始めました。この機能はfc2でいうところの「訪問者リスト」に近い機能で、ブログ内に複数設置された「ペタする」ボタンを押すと、自分の訪問履歴が残るというものです。しかし「訪問者リスト」とは異なり、履歴は自身・管理者以外のユーザーにも見えてしまうので、これを悪用した「迷惑ペタ」なるスパム行為も頻発しています。

ameba_peta_2015.jpg
そんなペタ機能が2015年秋をもって終了するという話を聞き、自分のアメーバアカウントを通じて確認してみると、たしかにその通りでした。多くの方が考察されているように、訪問者履歴の機能を「いいね」(2013年頃設置)に統一させるかたちでの廃止でしょう。11月11日に「おねだりボタン」の廃止、18日に全面廃止の予定です。

管見の限りでは、最近では「ペタ」をやめて「いいね」機能だけを使う方も増えていますし、たしかに現状に合った仕様変更だと思います。これで書くべきことはすべて書きました。ここからは、タイトルから若干かけ離れた内容になりますが、私が「アメブロガー」末期から今に至るまで感じていた「アメーバブログ」の違和感について述べたいと思います。

脱アメーバ直前の心境

私がアメーバブログを辞めようと思ったのは、ブロガーになってから3年目の2013年中旬のことでした。移転を意識し始めたのはさらに前の、2012年あたりに遡ります。以前のように「唐ワンくん」の追っかけをすることもなくなり、次第に広告・芸能人の宣伝だらけのアメーバに居づらさを感じてきました。世の中数えきれないほどのブロガーがいるというのに、アメーバ内のブロガーとの関係だけで完結してしまうことに危機感を感じ、ブログサービスの移転を決意したのです。

当時、「名目上の読者」は110人ほど存在し、そのうち定期的にコメントをいただいていたのは20数人。ブログを移転しても、引き続き20人ほどの方と交流を続けられるだろうと、かなり甘い予測を立てていました。

2013年大晦日、私は記事中でブログ移転を正式に表明し、翌1月1日には「ペタ」の受付を停止しました。「ペタ」には「付けられたら返す」という暗黙の了解が存在し、私もいつの間にかそれに従って「ペタ返し」をしていました。1回だけでなく、何回も「ペタ返し」―「ペタのキャッチボール」をすることに大きな意味があったのです。

今だからこそ言えますが、「ペタのキャッチボール」は継続してやらないと、1日の総ペタ数は半分もしくはそれ以下に激減しました。ペタなんてよほど興味のあるブログじゃない限り、好意だけでクリックし続けることはできませんし、一か所「ペタ」するだけでも時間はかかるものです。寝る時間を惜しんでも「ペタ」をクリックし続けたのは、それに対価(ペタ返し)を求めていたからです。

対価があるから「ペタ」をするのに、それが途絶えてしまったら、もう「ペタ」を続ける価値なんてありません。ある日、多忙で「ペタ」し損ねてそれっきり見知らぬ関係に戻った、なんていう例も数えきれないほど経験しました。

確かに「ペタ」がきっかけで親しくなり、今も私と情報交換を続けているブロガーさんは極少数ながらいらっしゃいます。それでも、本当に自分のブログを読んでいるか分からないような人のために、わざわざ「お礼のペタ」をする時間を設けて、貴重な時間を浪費してしまうことに我ながら恥じらいを感じ、ブログ移転をひかえた2014年元旦に「ペタ」を閉鎖したのです。

ブログ移転後に待ち受けていた「ほぼふり出し」状態

私がアメーバブログを「一応」辞めたのは、「ペタ」を停止してから3か月後の2014年3月31日のことです。「アメーバ辞める宣言」をして以降も、記事のコメント欄は多くのコメントで溢れかえり、数か月後にはfc2に移るなんてことを微塵にも思わせないほどの盛況ぶりでした。3月に入ってからはブログ移転のため記事執筆を極力控え、移転関係の記事と短い旅行記をちょこちょこ載せるだけでしたが、それでもコメントは減る気配を見せませんでした。

ところがfc2に移転後、これまで「読者」と思っていた方の多くとはそれっきり「見知らぬ関係」も同然になり、ほぼ1からコミュニティを再構築せざるを得なくなりました。ここでアメーバ時代の「読者」という概念が、ボロボロと崩れ去っていったのです。

ブログを移転してようやく、アメーバでいう「読者」があまりにも軽くて脆いことに気が付きました。fc2では、地道に興味ある方と交流を続け、他のブログサービスを利用するブロガーとも積極的に交流することで、ようやく1人2人得られるものですが、あちらでは一応、「読者登録ボタン」1つで簡単に読者にさせることができます。

アメーバには「読者登録」という概念が存在します。fc2でいうところの「ブロとも」(私は使ってません)に近く、アメーバユーザーのみを登録の対象としており、アメーバ外のブログを購読したい場合は「アメブロ以外のお気に入り」機能を使うことになります。

先述のように、「読者登録ボタン」1つで簡単に読者登録することができるので、頑張ればすぐに読者100人以上を得ることができますが、「読者登録」の乱用はスパム行為とみなされることも多いです。簡単に読者登録できるおかげで、読者の重みは非常に軽く、本当にブログを購読したくて登録するというよりもむしろ、「ペタ返し」と同じように「読者登録返し」という見返りを求めて登録している方も少なくないはずです。

ブログ移転後、100人いた読者はたった数人に「激減」したと思っていましたが、激減したのは「名ばかりの読者」であって、本当の読者は1人も減っていなかったのです。おかげで本当の読者とは誰なのか、はっきりと認識することができました。

アメーバを実験台にしてみた、そして失望してみた

fc2で更新を初めて数か月後、すっかり新しい環境に慣れてしまい、新たな読者との交流も増えてきました。そんな中でも、私は引き続きアメーバのアカウントを使い、拝読したくて読者になっていたいくつかのブログを引き続き拝見していました。その中には、移転前からコメントのやり取りをしていた方もありましたが、その多くとはブログ移転を機に疎遠になってしまいました。

もし気まぐれでアメーバに記事を残してみたらどうなるか、新ブログ宣伝を兼ねて再度記事を書いてみました。アメーバ時代のブログを完全に消さず、移転直前の記事で一切さよならと言わなかったのが役に立ちました。

するとコメントが来るわ来るわ。新ブログに一切興味がなかったであろうメンツからコメントがわんさかやって来ました。この後も2週間に1回ほどのペースで更新し続けましたが、この実験を通じて、たとえ「元アメブロガー」であっても「アメーバ外」に移った人間とは一切関わらず、「アメブロ」という狭いコミュニティで関係を完結させる方が多いことに気付くと同時に、外のブログサービスにも目を向けがちなfc2ブロガーの多さを実感することができました。

ameba_now_mypage.jpg
▲旧ブログの現状
結局、アメブロ時代の「表面上の読者」にこれ以上、新ブログの宣伝をしても全く効果なしと分かり、2014年11月に旧ブログを利用した実験は終了。記事の公開をすべて終了し、今は放置しています。アメーバアカウントは相変わらず残していますが、これは数少ない読者様のブログにコメントを付けるためです。



以上、「アメブロは、ユーザー間の交流は深いが閉鎖的」と思うゆえんです。私もアメブロ独特の閉鎖的な雰囲気に引きずり込まれ、アメブロの狭い人間関係に固執していました。上記の事柄に心当たりのある方はぜひ、この記事を「勇気を出してアメブロ以外のブロガーとも交流してみよう」と決心する動機づけにされてみてください。


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個人的に今興味があるのは戦前、戦中の数少ない遺跡などが見たいと思います。そういうスポットでおすすめとろこなんていうのがあれば情報交換とかもしたいですね。そういう意味でもコメントなども随時受け付けています。村崎一徳と一緒に地方のマイナーなスポットを盛り上げましょうww
よろしくお願いします。

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